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日大のドン・田中英寿の「黒歴史」 弘道会との蜜月、相撲利権… 

西﨑 伸彦

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 日本大学の田中英寿理事長(74)がついに司直の手に落ちた。東京地検特捜部から上級庁には、こんな報告がなされたという。

〈特捜部は、すべて当初の予定通り、田中を逮捕いたします。かねてよりご報告の通り、教育を食い物にする社会悪としての田中を、可罰において重い量刑を科す本来目的の、所得税法違反による逮捕です。すべては狡猾な巨悪を油断させるための“死んだふり”が功を奏しました〉

 

(にしざきのぶひこ 1970年岡山県生まれ。立命館大学卒。「週刊ポスト」記者を経て、2006年から「週刊文春」記者。著書に『巨人軍「闇」の深層』(文春新書)。昨年11月に独立、フリーとして取材、執筆を続ける。)

田中氏

 11月29日、東京地検特捜部は約5300万円を脱税した所得税法違反の疑いで田中氏を逮捕した。冒頭の報告はもともと量刑の軽い背任(5年以下の懲役など)ではなく、より重い所得税法違反(10年以下の懲役など)でやるつもりだったと主張する内容だ。

 だが、約7万人の学生数を誇り、私学助成金という公金が年間約90億円もつぎ込まれる日本最大級の大学のトップの逮捕劇には、一筋縄ではいかない紆余曲折があった――。

 駿河台にある日本大学病院。この特別室で身柄を拘束された田中氏だが、それまで3回に及んだ特捜部の任意の事情聴取では、一貫して強気の姿勢だった。

 司法担当記者が語る。

「日大板橋病院の建て替えを巡る背任事件では、田中氏の側近だった元大学理事の井ノ口忠男氏と医療法人『錦秀会』の籔本雅巳前理事長が、大学に計約4億2000万円の損害を与えたとして逮捕、起訴されました。焦点は、金の一部が田中氏に渡っているか否か。田中氏は『金は受け取っていない』と全面否認し、周囲に『俺が逮捕されることはない』と豪語していました」

左上から時計回りに籔本被告、井ノ口被告、優子夫人、田中氏(日大HPより)

 だが、特捜部は今年9月8日の阿佐ヶ谷にある田中邸の家宅捜索で1億円超の現金を発見し、籔本氏からは約6000万円を田中氏に手渡したとの供述も引き出した。現金の授受は新宿区内の高級焼肉店や田中氏の妻が自宅ビルで経営するちゃんこ屋で行われたことも判明したが、それでも立件には高いハードルがあった。

「田中氏が背任工作のスキームを指示、あるいは承知していたことを証明する必要がありましたが、それが難しかった。田中氏はいちいち細かなことには口を出していないようなのです。決定的な証拠がない以上、背任の共犯での立件は困難との見方が広がるなか、特捜部は別の疑惑へと戦線を拡大。そこで田中氏が会長を務める国際相撲連盟を使った金の出入りと、昨年行われた田中邸のリフォームを巡る支払いの問題が浮上しました」(同前)

 いずれも鍵を握るのは田中氏の権力の源泉と言われる日大相撲部ОBたちだった。日大相撲部を舞台にした錬金術と田中氏を絶対君主と仰ぐ相撲部ОBの存在は、“田中帝国”の要諦と言っても過言ではない。

 青森出身の田中氏は、地元の名門、木造高校相撲部から日大に進学。一年下にいた往年の名横綱、輪島と切磋琢磨しながら学生横綱に輝き、卒業後も日大の職員兼相撲部コーチとして大会に出場。合計34のタイトルを獲得し、“アマ相撲界の大鵬”と呼ばれた。

「1983年には日大相撲部の監督に就任。田中氏が指導した角界の日大出身者は50人を超えています。現役理事の境川親方を始め、木瀬親方や入間川親方、解説者の舞の海もいます。さらに角界に力士を輩出し続ける鳥取城北高の石浦外喜義総監督や埼玉栄高の山田道紀監督も田中氏の薫陶を受けています」(角界関係者)

 田中氏はその豊富な人脈を駆使し、日大に有望な学生を集め、高値で相撲部屋に力士を送り込むことで絶大な影響力を誇った。

 そして92年、「相撲を五輪競技に」とのスローガンを掲げて設立された国際相撲連盟の事務総長に就任。2年後には非五輪枠の競技団体代表としてJOC(日本オリンピック委員会)理事の座を手にした。

「田中氏は、日大相撲部OBらを東欧などに派遣して相撲の普及に努め、国際相撲連盟の人脈で、エストニア出身の把瑠都をはじめ、海外勢を大相撲に供給する道筋を築きました。しかし、アマ相撲を統括する日本相撲連盟が公益財団法人なのに対し、国際相撲連盟は任意団体に過ぎず、会計報告の義務もない。資金の流れが見えにくい上、相撲部ОBしかタッチできない『国際相撲連盟 田中英寿』名義の口座がありました」(同前)

 特捜部は国際相撲連盟ルートを追ったが、突破口にはなり得ず、並行して昨年行われた田中邸のリフォーム工事に着目した。

「工事の窓口となったのは、田中氏が信頼を置く相撲部ОBで、かつて日大の建設工事などの差配役を担った『技三』(のちにサンエスコーポレートと改名し、2016年に解散)の元社員。彼は田中氏の紹介で、石川県の建設会社の営業部長になり、日大の子会社・日本大学事業部にも籍を置いた。田中邸のリフォームは、件の建設会社が請け負い、日大工学部がこの会社に発注した別の工事費用と併せて処理されていたフシがあった。しかし、このルートも不発に終わり、特捜部は脱税に的を絞った」(前出・司法担当記者)

 特捜部の執念は、恐怖政治による田中氏の独裁体制を浮かび上がらせたが、その背後には、看過できない“闇”があった。

「週刊文春」は14年2月、住吉会の福田晴瞭会長(当時)と日大元幹部、そして田中氏が3人で並ぶ写真を掲載した。その翌年には、山口組六代目の司忍組長と田中氏が名古屋のクラブで親密そうに寄り添う写真を外国メディアが報道。さらに田中氏と、司氏の出身母体である弘道会傘下の佐々木一家の山本岩雄総長(故人)とのツーショットも出回った。田中氏の恐怖支配の裏に見え隠れしていた暴力団の影が、明確な像として現れたのだ。

司忍氏と
故・山本岩雄氏と

迎えの車が向かった先は……

「日大出身のある親方が部屋を開いた際は、小雨の降る地鎮祭に、後に山口組若頭となる髙山清司氏が姿を見せたと言われていた。田中氏と弘道会の関係が密かに話題になり、髙山氏が田中氏の妻、優子夫人にエルメスのバーキンを1ダース送り、優子夫人が感激していたとの話も耳にしました」(日大関係者)

 05年、司氏は山口組六代目に就任したが、その一方で、97年の組員による拳銃不法所持の共謀の容疑について長い裁判を戦っていた。05年12月に最高裁で有罪が確定するが、その過程で司氏を擁護する“意見書”が提出された。

「憲法学者である慶応大学の小林節教授(当時)が作成したものでしたが、その段取りをしたのが田中氏でした。田中氏は以前に面識のあった小林教授を銀座のしゃぶしゃぶ店に連れ出した。そこに髙山氏が待っていて、意見書の作成を依頼したのです」(田中氏の知人)

 当時、田中氏は日大常務理事だったが、その行動は教育者の矩を軽々と越え、さらにエスカレートした。

「田中氏に目を掛けていた瀬在(せざい)幸安総長が彼の言動に疑問を持ち始めると、田中氏は“反瀬在”に転じた。瀬在氏は6名の弁護士から成る特別調査委員会を作り、田中氏に自宅待機を命じて疑惑の調査を指示。だが調査は結局うやむやになり、05年の総長選では田中氏が推す小嶋勝衛氏が、瀬在氏を破った。その後、田中氏は名古屋で行われたイベントに一緒に出席した小嶋氏に『会わせたい人がいる』と切り出した。迎えの車が向かった先に居たのは、司氏だったそうです」(日大元幹部)

 暴力団幹部との一連の写真は、こうした田中氏の“伝説”が絵空事ではないことを雄弁に物語っている。

 落日の時を迎えた“田中帝国”は、日本の教育界に拭い難い汚点を残した。

今年10月、田中氏の自宅に2度目のガサ入れ

source : 週刊文春 2021年12月9日号

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