百人一首のなかに、平安時代中期の貴族、清原元輔(清少納言の父)が詠んだ、次のような和歌がある。

契りきな かたみに袖を

しぼりつつ 末(すえ)の松山

波越さじとは

「約束したのにね、お互いに涙で袖を濡らしながら。決して波が越えることがないという末の松山のように(2人の愛が不変だと)」。変わらぬ愛を誓ったにもかかわらず、それを裏切った女をなじる内容の恋歌だ。

 ところが、この和歌が、時を超えて2011年3月の東日本大震災の直後に、にわかに注目を集めることになった。この歌に登場する「末の松山」とは、現在も宮城県多賀城市八幡2丁目に残されている小さい独立丘陵のこと。東北地方の太平洋岸に津波が押し寄せてきたとしても、この「末の松山」を波が越えることはないと古くから言い伝えられており、「末の松山を波が越える」というのは「絶対にありえない」ことを示す比喩表現として、平安時代には都人にも知れ渡っていた。元輔の歌は、この譬(たと)えを巧みに恋歌に詠み込んだものだった。

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source : 週刊文春 2023年7月13日号