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誰も教えてくれない「狩猟」のはじめかた――予想外の「障壁」ばかりだった

愛犬からの拒否、警察による近隣住民の聞き込みも……

2019/03/03
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地域によって違う狩猟への理解

 長野で感じたのは、狩猟へ理解を示す住民が多いことだった。ある林道に入ろうとした際、進行方向から軽トラがやってきた。立ち止まって会釈すると、軽トラが止まり、運転していた男性が降りてきた。茨城のこともあり、さて何言われるかと身構えていると、「大物?」と男性は聞いてきた。「シカやイノシシといった大型哺乳類の狩猟をするのか?」という意味だ。

 男性は近隣の農家で猟師でもあり、有害捕獲用の罠を見回ってきた帰りだという。罠があるので注意することや、周辺にいる狩猟鳥の情報を教えてもらい、別れ際「がんばれよー!」と励まされた。狩猟中に住民からエールを送られたのは初めてのことで、東京近郊と獣害が激しい地域の落差を感じた瞬間だった。

 もっとも、自分がまだ初心者のせいなのも大きいだろう。経験者の話では、猟師の縄張り争いで嫌がらせを受けたり、野鳥を密猟しているヤクザとトラブルになったこともあるという。そういった人を巡るトラブルもあれば、冬眠期でなければ山でクマと出くわす恐れもあるし、イノシシも脅威だ。放たれた猟犬も怖い。

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静かな山の中を行く

それでも楽しかった狩猟

 しかし、リスクはあっても、冬の山で銃を担ぎ1人歩いて動物探しするのは、他で代えられぬ楽しさがあった。また、見知ったと思っていた場所でも、少し奥に行くだけで狩猟向きの静かな場所が広がっていることもあったし、街を流れる見慣れた川の源流に至ったこともありと色々な発見があった。

 昨今の狩猟を巡る言説で気になっているのは、害獣対策として猟師を増やそうという話だ。もちろん、それは自然界のバランスを整える意味でも重要だが、趣味娯楽としての狩猟という側面をないがしろにしているのではないかと思う。もちろん、生物の命を奪うことを趣味とは大っぴらに言い難いかもしれないが、釣りと同じようにレジャーの一種でもあるのは否定できない(余談ではあるが猟友会のハンター保険は、レジャー保険扱いになっていたと思う)。

 いくつもの想定外があったが、平成最後の猟期を無事終えることができた。今期は猟期直前の銃所持許可や急病もあり、あまり猟には出られなかったが、来期はより万全の体制で臨みたいと思う。

 なお、今期最大の想定外は、猟果がゼロだったことである。5打数0安打。猟師への道はまだ遠い。

写真=石動竜仁

誰も教えてくれない「狩猟」のはじめかた――予想外の「障壁」ばかりだった

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