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「昇太、元気にしてますか。お母さん、最近思うんです」――ベイスターズ・今永昇太選手への手紙

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/03/29
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お母さん初めてあの時「今永昇太」を見た気がしました

 お母さん、忘れられないシーンがあります。初めてベイスターズがCS進出した2016年。まさに昇太のルーキーイヤーでした。ファイナルステージの第4戦、先発した昇太が1回に6失点したこと。CS敗退が決まって、ロッカールームで、昇太は人目もはばからず泣いていました。「この1年間、いい投球をしてきたんだから。この試合のことは忘れなさい」と慰めてくれたロペス。優しいロペス。だけどお母さんは、やっぱり忘れられないんです。好投しても勝てなくて、でも精一杯自分を律しようとしていた昇太が、チームメイトの前で号泣していた。身も心もさらけ出していた。我慢してたんだなと、お母さん思いました。考えてみたら、まだ大学を出たばかりの青年です。右往左往する自分を必死に落ち着かせようと、今まで頑張っていたんだなって。お母さん初めてあの時「今永昇太」を見た気がしました。

 お母さんね、ベイスターズに教えてもらった大事なことの一つに「結果オーライ」があります。42年も人間やってると、全くもって理不尽なこともたくさんあります。連載が1回で打ち切りになったこともあるし、息子の部活の保護者ライングループを突然外されたこともある。でもね、お母さん今それ散々ネタにしてます。投手としては納得できない球で抑えたかもしれない、野手としてはラッキーなヒットで打点を稼いだかもしれない。でも抑えられたし、点が入った。それでいい。三振を奪っても、時々浮かない顔でベンチに戻ってくる昇太を見るたびに、お母さん思うんです。「今永く……いや昇太、結果オーライだよ」って。だって、哲学は苦境の人間を救いもするけど、でも一方で、ほんとはもっと奇想天外なはずの日常を、つまらない枠の中に収めてしまう呪いにもなる。5点差で勝っていたのに気づけば5点差で負けているのもベイスターズなら、3者連続ホームランぶっ放してサヨナラするのもベイスターズ。何が起こるのか、何を起こすのか、全くわからないのがベイスターズだから。

「崖っぷちだけど崖っぷちじゃない。俺らは鳥だ。鳥になるんだ」とあの時昇太は言いました。2017年の日本シリーズ、3連敗で後がなくなったチームに、そう言ってハッパかけた。今、哲学者の鎧を脱いで、鳥、いや“不死鳥”に生まれ変わるのは昇太、今永昇太です。お母さんの中ではね、まだ、2016年のマツダスタジアムのロッカールームで、昇太はずっと泣いている。ルーキーのまま泣いている。そこから昇太を救い出せるのは、他ならぬ、昇太自身だと、お母さん思います。

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2019年の今永昇太は不死鳥になる ©文藝春秋

 ごめんなさいね。短い手紙のつもりがこんなに長くなってしまった。昇太はどんな気持ちで、今日という日を迎えているでしょうか。気持ちが急いたら、とりあえず床にコロコロしなさい。昇太が一つ勝つことの難しさを嫌という程知っているように、お母さんたちベイスターズファンも一つ勝つ難しさをそれはもう嫌、もうやめて、やめて〜〜〜と脳内横山弁護士が叫び出す程知ってるから、そこは安心して、大船に乗ったつもりで、でも大船まで行っちゃダメですよ。←お母さんギャグです(笑)。

 顔洗って、歯磨いて、ハンカチは持った? よし、うん。じゃあ2019年開幕ゲーム横浜スタジアム、元気に行ってらっしゃい!!

編集部注:ライターの西澤千央さんは今永選手のお母さんではありません。

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