一体、あのVTRを何度見ただろう。
昨オフ、巨人関連でいえば、最も多くテレビで流れたのは、22歳が球史を動かした場面に違いない。甲子園の左中間スタンドに打球を突き刺し、虎党を静まり返らせ、涼しい顔でダイヤモンドを一周していた。
岡本和真だった。
史上最年少で打率3割30本塁打100打点を達成。金字塔が打ち立てられたシーンなのに、余りにも完璧な一発だったから何度見ても笑いが込み上げた。「これは絶対に縫い目が見えている」。秘めた特殊能力を知っていたから、そんな感想が口をついて出た。
「調子の良い時はボールの縫い目が見えます」
2018年10月9日、阪神とのシーズン最終戦。8回1死二塁の最終打席で若き主砲は、2打席連発となる33号2ランを放った。打撃3部門に堂々、あの松井秀喜でさえ到達しなかった数字を並べ、チームをCS進出に導いた。生え抜きの新星の誕生。かつてスポーツ報知で岡本の番記者をしていた私のもとには、周囲のG党から数えきれないほどの質問が飛んできた。みんなの興味はシンプルで、一体何がすごいのか。「どっしりとした足腰?」「綺麗な打撃フォーム?」。私は決まって首を横に振った。決してフィーチャーされることのない、つぶらな瞳に「打撃の神様」とダブる力が宿っていた。
巨人の大先輩で首位打者を5度獲得した川上哲治氏は生前、「ボールが止まって見える」と表現したことは、今でも語り継がれる。そんな伝説に似通ったことを岡本も真顔でよく口にしていた。
「調子の良い時はボールの縫い目が見えます」
プロの投手の指先を離れた白球は、瞬く間に18.44m先の捕手のミットに収まる。コンマ何秒の世界だが、状態の良いゾーンに入った時の4番打者がボールに縫い付けられた赤い糸を視界に捉えるまでになったのは、当たり前だが一日や二日の話ではない。原風景は、地元の奈良にあった。
先日、現役引退したイチローの幼少期の主戦場が近所のバッティングセンターなら、岡本は実家の和室だった。500回にも及ぶ素振りを日課としたが、ただやみくもにバットを振っていたのではなく、一工夫を加えた。黄色いスポンジボールと、その一部分にピンクの色を塗ったものをランダムにトスを上げてもらい、ボールの回転を見て、黄色一色だったらフルスイング、ピンク交じりだったら見逃す。この練習が視力1.5ながら卓越した動体視力を身に着ける礎となった。私も記者時代に何度か実家にお邪魔し、この練習にトライさせてもらったが撃沈。斎藤佑樹を擁して日本一になった早実野球部、1学年上の代打の切り札という自信はもろくも崩れ去った。
一瞬でピンクかどうか見極めるのが難しいのはもちろん、判断をして即座に振り抜かなければミートはできない。ボール自体は山なりに手元に来るのだが、振るか振らないかのジャッジのスピード感はプロの球と対峙しているのに近かったのではないか。アイディアだけでなく膨大な数を積み重ねていたのは部屋が雄弁に物語っていた。こういった話について回る、畳がボロボロというまことしやかなエピソード。はっきりと擦り切れているのをこの目で目撃した。