文春オンライン

山本太郎の『れいわ新選組』がどう見ても「政界あらびき団」にしか見えなくて困る

野党が野党として機能しない社会だからこそ――

2019/07/11
note

「反安倍なら何でもいいのか」という話になってしまう

 それなのに、いまの政権を批判する勢力を糾合して統一戦線を張ろうにも、共産党と立憲民主党の共通の利害なんて「反自民」「反政権」「反安倍」ぐらいしかないから、選挙演説を聴いていても「安倍バーカ」ぐらいしか主張しないんです。「年金が」といったって、確かに年金の将来は不安だけれども、共産党が議席一杯取って政権狙うほうがよっぽど不安なので、共産党支持者かゴリゴリの反安倍の皆さんぐらいしか共産党には投票しなくなってしまうという。

 みんな、何となく安倍ちゃんじゃ不安だなと思うけど、野党の顔つき観てたら「野党のほうが不安だから、まあ安倍ちゃんでいいや」と思えてしまう。いや、不安だからこそ夢のあることを宣伝し、与党をひっくり返しに行くべきなんだけれども、じゃあいまの共産党・志位和夫さんを見て「おお、彼らなら私たち日本人を輝かしい未来へ導いてくれるのか」「私もそういう元首になら未来を託したい」と思えるのかどうか。

党首討論に集った主要政党の党首たち ©getty

 そして、そういうレッズと一緒になって選挙を立憲民主党がやろうという話になれば、本来ならレッズに流れる票が立憲候補にくるわけですから多少は下駄を履くにしても、肝心の立憲民主党が好きな人は「共産党と一緒にならなければまともに選挙もできない政党に戻っちゃったのか」と醒めてしまって、政党支持率が上がらず追い風はビタイチ吹かないことになります。

ADVERTISEMENT

 一人区であれば野党統一候補で取り組めば善戦するかも知れないけど、トータルで見れば「反安倍なら何でもいいのか」という話になってしまう。そういうマーケティングの弱さ、支持を強固にしてくれるはずの人たちの気持ちを敢えて踏みにじりながら進軍する立憲スタイルには驚きを禁じ得ません。

本当の意味で革新的な手法と立場で漬物石を投じている

 山本太郎さんのれいわ新選組は、野党に本来求められているものをうまく吸い上げて、弱い人たちや、いまの社会で割を食って、両手いっぱいに不安と不満を抱えて暮らしている日本人をかき集めるマーケティングをしっかりとやっている。メディアでウケる候補者を選び出し、それらしいことを言い、何か新しいことをやってくれそうな気配はあったんです。普通の政党ではできない、しがらみがあって何も動かすことのできない仕組みに対して、本当の意味で革新的な手法と立場で漬物石を投じているのが山本太郎さんだと思うんですよ。

街頭で支持を訴える『れいわ新撰組』の候補者たち ©AFLO

 ただ、惜しむらくは、一足飛びに上を狙い過ぎました。2億円を集めたとされる政党への寄付も、薄く広く候補者を立ててしまったばっかりにほとんどのれいわ新選組候補者は泡沫候補以上の善戦をするのは困難じゃないかと思います。

 逆に言えば、金だけなら幸福実現党のほうがよほど潤沢なわけでして、政党要件を狙う5人に辿り着くためには山本太郎さん筆頭に確実に勝てる候補者による得票を積み上げ、自民党には合流できないけど野党共闘とも距離を置かざるを得ない人たちと当選後ご一緒し、さらに上を目指していくほうが合理的だったろうと思います。