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宮迫・田村亮問題の本質とは? 芸人と反社との根深い関係を考える

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「あらゆる局面で、ヤクザと接してはいかん!」

 最後に、ひとつエピソードを紹介します。三代目山口組組長で、美空ひばりや田端義夫、村田英雄、坂本九ら錚々たるスターの興行権を握っていた「神戸芸能社」の社長でもあった田岡一雄氏が1981年に亡くなったときの話です。当時の吉本興行会長だった林正之助と、芸人・中田カウスとのやりとりは、良くも悪くも吉本と反社との関係を表していると思います。

 ◆ ◆ ◆

 吉本興業会長となった正之助がある日、カウスら主だった所属芸人を集め、険しい表情でこう言い渡した。

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「ええか、今日の今、この時をもって、ヤクザとは一切関わってはならん! メシや酒の席はもちろんのこと、電話でしゃべっても、目を合わせてもいかん。考えられるあらゆる局面で、ヤクザと接してはいかん!」

 突然の正之助の発言とその剣幕に、その場にいた芸人は言葉も出なかったという。が、それからしばらく後に、大阪の夕刊紙各紙の一面に〈田岡組長、死去〉の報が大見出しで掲載された。それを見たカウスは、その中の一紙を持って会長室に出向き、正之助にこう尋ねたという。

「会長、この前の『ヤクザと一切関わってはならん』というお話ですが……」

「うん、カウス君、キミもちゃんと守ってくれてるやろな」と正之助。

 そこでカウスは、その夕刊紙にデカデカと掲載された田岡組長の葬儀の写真を指して、さらにこう尋ねた。

「誠に申しあげにくい話なんですが、ここに写っておられるのは、会長ではございませんでしょうか……」

 しかし正之助は、その写真を一瞥して、こう言い放ったという。

「カウス君、キミは僕が双子やいうの知らんかったんか? これは僕やのうて、弟のほうですよ。ホンマ、しゃーないやっちゃな……」

『吉本興業百五年史』収録「興業とアンダーグラウンド」より 著・西岡研介)

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