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東大卒“畑に入らないマネージャー”が「農業はポテンシャルの宝庫」だと言いきれる理由

『農業新時代 ネクスト・ファーマーズの挑戦』

2019/11/02
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小さなこと、面倒なことをどんどんリストアップ

 ここから、佐川のカイゼンが始まる。ふたりはまず、「プロミス100」を立ち上げた。佐川の契約が終わる12月までに課題を100個リストアップして、改善しようというプロジェクトだ。ふたりの間に聖域をつくらないこと、小さなこと、面倒なことでもどんどんリストアップして、着実に取り組むことを決めた。

 契約満了まで、佐川に残された時間は約300時間しかない。目につく範囲から手を付けていった。例えば梨園に来ているパート、アルバイトからは「休憩時間に音楽をかけたい」「作業中、温かいお茶が飲みたい」といった些細な要望があがった。

 実務的な部分にもメスを入れた。それまでスタッフへの謝礼は現金払いで、封筒に入れて手渡していた。それでは、互いに授受を証明できない。佐川は「給与明細を出すようにしましょう」と提案した。企業人からしたら「そんなところから?」と感じるようなレベルかもしれないが、佐川曰く「どれも、農家あるある」。そこに、やりがいを見出した。

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「ぐるっと見渡すと、課題だらけ。これは思った以上に楽しそうだと思いましたね」

©iStock.com

 迎えたインターン終了の12月、阿部さんと佐川が解決に至った課題は100には及ばなかったが、70に達した。佐川は自分が去った後にやるべきことをリストアップして阿部さんに渡そうと考えていたが、その資料を作っているうちに、手が止まった。

「やっぱり、ここにいたい」

「畑に入らないマネージャー」が生まれた日

 この4カ月で、阿部梨園には畑作業をしない人間を置いておく余裕がないこともわかっていた。そこで佐川は履歴書とともに、自分にはこういう貢献ができるという10の提案をまとめて、阿部さんに送った。それは学生時代の就職活動の時とは比べ物にならないほど、真剣に、熱意を込めて書いたものだった。阿部さんはそれを読んで、男泣きした。

 もちろん給料はデュポン時代からかなり下がったが、未経験で新しい企業に入社したと思えば、なんてことはない。阿部さんとは「成果が出たら次の年の給与に反映する」ことで合意。こうして、恐らく日本にたったひとりの、「東大卒の畑に入らないマネージャー」が生まれた。佐川が29歳の時だった。

 二人三脚のカイゼンは2015年から本格化した。最初に着手したのは、データの収集だった。そもそも梨の収穫量自体が曖昧だった。梨を入れたコンテナの数でカウントしていたのだが、そのコンテナが常に同じように満タンになっているとは限らない。正確な数字がないため、収穫量をベースに売り上げを推測することができなかった。これは重量を計測して、エクセルで管理するようにした。