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連載昭和の35大事件

東条英機の側近が「黙れ!」の一喝――恐怖の「国家総動員法」審議中に巻き起こった騒動とは

強気一辺倒の同調圧力で生まれた悲劇のはじまり

2019/12/09

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ライフ, 歴史, 社会, メディア

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「憲法無視の法案だから通らない方がいい」

 当時の状況を勘案しても、なかなかすごい法案だ。元老の西園寺公望も「これは憲法無視の法案だから(議会を)通らない方がいい」と語っていたという。国会でも当初から「国民の権利、自由及び財産、これを無限に拘束する。かくのごとき委任立法を出した例は憲法始まって以来ない」(民政党・斎藤隆夫議員)などの反対があった。

西園寺公望 ©文藝春秋

 2月28日には衆議院国家総動員法案委員会で政府の提案説明が行われたが、「近衛首相が病気欠席のため、広田(弘毅)外相が首相代理として詳細にわたり提案理由を説明し、滝(正雄)企画院総裁が逐条説明を行って」(3月1日付朝日朝刊)という状態(本編では滝を「法制局長官」としているが、前年企画院が発足して横滑りしていた)。

 広田外相は「政府においては、本法案は決して憲法に違反するものではないと堅く信じております」と主張したが、「委員会は首相の不出席にこぞって不満であるから、その前途は相当波欄を免れない」(同紙)とされた。以後は「法律問題である」として、主に塩野季彦・司法相が答弁。そして佐藤中佐の出番となる。

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「総動員法案に大波瀾 佐藤中佐“黙れ”の一言」

「3日午後の衆議院国家総動員法案委員会における陸軍省軍務局課員陸軍航空兵中佐・佐藤賢了氏の答弁中に『黙れ』と委員側を叱咤した言葉があったので、果然紛糾をきたし、同中佐の取り消しがあったが、委員側は納まらず、遂に紛糾のまま散会になった」。そう書いた1938年3月4日付朝日朝刊2面の記事には「総動員法案に大波瀾 佐藤中佐“黙れ”の一言 委員会沸騰裡に散会 直ちに取消す」の見出しが付いている。

「黙れ」発言を報じた東京朝日新聞

 この日の同委員会では、政府委員を補佐する説明員として出席した佐藤中佐が約30分にわたって法案を説明。その間もヤジが飛んでいたが、同紙の「応答速記」によれば、その後の経過は次のようだ。

佐藤中佐 私は説明を申し上げるのであります(「委員長、いかなる限度にお許しになったのですか」「全く討論じゃないか」と叫び、その他発言する者あり)

小川委員長 まあ、もう少し……

佐藤中佐 皆さまが悪いとおっしゃればやめます。あるいは聴いてやろうとおっしゃれば申し上げます(「やめた方が穏やかだ」「やりたまえ、参考になる」と叫ぶ者あり)

佐藤中佐 しからば申し上げます(「やめた方が穏やかだ」、その他発言する者あり)

佐藤中佐 黙れ(「黙れとは何だ」と叫び、その他発言する者多し)

 その後、政友会所属の委員から「どういう意味か、誰に言ったのか」と問われた佐藤中佐は「大体のご意向が続けろというふうに思ったので」「私の発言に対して妨害するようなヤジに対して、静かに聞けという意味」だったと答弁。「取り消さないか」と委員長に言われて「委員長の仰せによりまして『黙れ』ということと、私の発言を妨害するという言葉は取り消します」と答えた。中佐は政府委員ではなく、補佐的な説明員で、委員長の許可がなければ発言できなかった。