芸能人が相次いでがんを告白するようになりましたが、自分の周りでもなんとなく「がんになる人が増えた」と感じている人が多いのではないでしょうか。実際、がん患者はものすごく増えています。しかも、不自然なほどの急増ぶりなのです。
この連載では、「安易にがん検診を勧めるべきではない」こと、また「がん検診は受けなくてもいい」ことを主張してきました。現行のがん検診に対して、なぜ私が批判的なのかと言うと、死亡率を下げる効果が乏しいだけでなく、「過剰診断」があまりにも深刻になってきているからです。
「がん患者」不自然な急増の怪
とくに不自然な増え方をしているのが、「前立腺がん」の患者です。次のグラフは、前立腺がんの罹患者数と死亡者数の推移(1975~2012年)を示したものです。これを見ればわかるとおり、死亡者数に比べて罹患者数(前立腺がんと診断された人)が急激に増えています。
実は、かつて前立腺がんは、それほど多いがんではありませんでした。国立がん研究センターの統計を見ると、1980年代の日本人男性の罹患者数は胃がんがトップで、前立腺がんは肺がん、大腸がん、肝がん、食道がんよりも少なかったのです。
前立腺がん患者は20年間で7倍に!
ところが今や、前立腺がんは日本人男性でもっとも罹患者数の多いがんになっています。国立がん研究センターの推計によると、2016年の前立腺がんの罹患者数は、9万2600人とされています。1996年の推計が1万4077人ですから、恐ろしいことにたった20年間で7倍近くにも増えたのです。
なぜ、こんなにも日本人男性は前立腺がんにかかりやすくなったのでしょうか。日本人の長寿化でがんになりやすい高齢者が増えたことや食生活の欧米化などの影響も考えられますが、実は、前立腺がんが増えた一番の原因は「PSA検診」が普及したことなのです。PSA(前立腺特異抗原)とは、前立腺に異常があると血中に増える物質で、血液検査で簡便に調べられることから、2000年代頃から広く行われるようになりました。それにともなって、「早期の前立腺がん」と診断される人が急増したのです。
これは、私だけが言っていることではなく、たくさんの専門家が指摘していることです。現に、国立がん研究センターが運営するインターネットサイト「がん情報サービス」の「前立腺がん」のページにも、次のように書かれています。
「前立腺がんでは、PSA検査の普及によりラテントがんを発見する頻度が高くなる可能性が指摘されており、このような過剰診断が問題視されています」
ラテントがんとは、「潜在的ながん」という意味で、体の中に存在しているけれども症状がなく、死後に初めて見つかるがんのことを言います。別の病気で死亡した高齢男性を解剖してみると、2割ほどの人の前立腺にラテントがんが見つかると言われています。
実は、前立腺がんは進行がゆっくりで、寿命まで悪さをすることなく、命を奪わないものが多いのです。PSA検診を受けると、そうしたがんまで見つけてしまう、つまりがん検診によって、わざわざ「寝た子を起こす」ことをしてしまっているのです。
このように、治療が不必要な異変を見つけてしまうことを「過剰診断」と言います。前立腺がんにどれくらい過剰診断があるかどうか正確にはわかりませんが、死亡者数に比べ罹患者数が圧倒的に多いことから見ても、非常に多いことは間違いないでしょう。もし前立腺がんの半分が過剰診断だったとしたら、1年間に約4万6000人もの男性が、「がん患者」として水増しされていることになるのです。
乳がん患者の3分の1が過剰診断?
この傾向は「乳がん」でも顕著です。次のグラフを見てください。前立腺がんと同様に、乳がんの罹患者数と死亡者数の推移(1975~2012年)を示したものです。死亡者数に比べて、罹患者数がどんどん増えていることがわかります。
前々回の「芸能人のみなさん、SNSで安易にがん検診を勧めないでください」では、米国の医師による論文で、検診によって見つかった乳がんの約3分の1が過剰診断と考えられ、その数は過去30年間で130万人にも及ぶと推計されていることを紹介しました(N Engl J Med. 2012 Nov 22;367(21):1998-2005.)
日本では欧米のように、質の高い臨床研究が行われていませんので、乳がん検診による過剰診断がどれくらいあるかは不明です。ですが、ある乳がん専門医が筆者の取材に、「日本でも10~20%は過剰診断があるかもしれない」と明かしてくれたことがあります。だとすると、2016年の乳がん患者は約9万人と推計されていますので、日本でも1年間に9000~1万8000人もの女性が「乳がん患者」として水増しされている可能性があるのです。