前回、私が書いた記事「芸能人のみなさん、SNSで安易にがん検診を勧めないでください」は、大きな反響をいただきました。
死亡率を下げるというがん検診の効果には限界があり、「偽陽性」や「過剰診断」などの深刻なデメリットもあります。20代、30代の若い女性は症状がない限り、乳がん検診は受けるべきではありません。75歳を超えるような高齢者もデメリットが大きくなるので、がん検診の受診は慎重に考えるべきです。がん検診には、そのような負の側面もあることを一人でも多くの人に知っていただきたくて、記事を書きました。
しかし、記事についたコメントなどを見ると、「がん検診を受けなかったために、がんを早期で見つけることができず、進行してしまったらどうするんだ」という批判的な書き込みも見受けられました。そのように心配する気持ちもよくわかります。
やはり、がん検診を受けるかどうかは、客観的な数字をもとに判断するべきでしょう。そのために、とてもわかりやすいツールがあります。「ファクト・ボックス」と呼ばれるもので、信頼性の高いがん検診の臨床試験(ランダム化比較試験など)の結果に基づいて、がん検診を受けない人(非受診群)と、がん検診を受けた人(受診群)が1000人ずついたとしたら、将来どうなるかを実数でわかりやすく示したものです。
1000人が10年間乳がん検診を受け続けたらどうなったか?
そのファクト・ボックスが、ドイツのマックス・プランク人間発達研究所に所属する有名な心理学者、ゲルト・ギーゲレンツァー博士がディレクターを務める「ハーディングセンター・フォー・リスクリテラシー」のサイトにいくつか公開されています。その中から、乳がんと前立腺がんのファクト・ボックスをご紹介しましょう。
まず、乳がんです。50歳以上の女性が1000人いたとすると、がん検診を受けなかった場合は10年後に5人が乳がんで死亡します。それが、10年間乳がん検診(マンモグラフィ検診)を受け続けると4人に減ります。つまり、1000人が10年間乳がん検診を受け続けると、1人が乳がん死亡を免れることができるというのが、ここで示されているファクト(事実)です。
ただし、全がんによる死亡数はどちらも21人と同じです。つまり、乳がん検診を受けても、確実に寿命がのびるとは言えないということです。一方で、10年間乳がん検診を受け続けると、1000人のうち約100人、つまり10人に1人が「偽陽性(がんでないのに異常とされる、または生検を受ける)」の害を被ることになります。
さらに深刻なことに、「非進行性のがんで不必要な乳房部分切除または全摘を受ける人」が5人とされています。つまり、1人の乳がん死亡を防ぐために、5人が無用な手術を受けることになるのです。このメリットとデメリットが釣り合うものかどうかは、社会として非常に難しい価値判断を迫られる問題だと言えるでしょう。