寿命をのばす効果はない
前立腺がんは、もっと厳しい評価になっています。50歳以上の男性が1000人いたとして、がん検診を受けなかった場合は11年後に7人が前立腺がんで死亡しますが、前立腺がん検診(血液採取によるPSA検診)を受け続けたとしても、その死亡数は同じです。つまり、前立腺がん検診に死亡を減らす効果はほとんどない(あったとしてもごくわずか)ということを示しています。
全がんによる死亡数も210人と同じなので、前立腺がん検診にも寿命をのばす効果はありません。にもかかわらず、前立腺がん検診を11年間受け続けると、「偽陽性(がんではないのに異常とされ、生検を受ける人)」の害を160人、「過剰診断(健康なのに不必要な前立腺がんの診断と治療を受ける人)」の害を20人が被ることになります。
こうしたファクト・ボックスの数字を見て、みなさんはどうお感じになられたでしょうか。「1000人に1人しかメリットを受けないとしても、やはり心配だから乳がん検診は受けたい」と思った人もいることでしょう。
しかし、前立腺がんでは1000人に1人もメリットがないうえに、どちらも寿命がのびる確実な保証はなく、それどころか無用な検査や治療の害を受ける人もたくさん出ます。これを見て、「がん検診を受けるのはやめよう」と思った人も多いのではないでしょうか(前出のサイトには大腸がん、子宮頸がんなどのファクト・ボックスも公開されています。英語ですが関心のある方はぜひチェックしてみてください)。
いずれにせよ、がん検診を受けるとしてもファクト・ボックスに示されている通り、その効果には限界があることを理解し、偽陽性や過剰診断の害を被る可能性があることも覚悟したうえで、受けるべきだと思うのです。
それに、以前、週刊文春に書いた「『がん検診』受けるべきはこんな人」という記事でも解説しましたが、こうした害をできるだけ少なくするためにも、特定の症状のある人やがんリスクの高い人に絞って検査を勧めるなど、がん検診のあり方自体を見直す必要もあるでしょう。
さらに言えば、がん検診を受けない人の選択も社会として尊重すべきです。日本ではがん検診を受けないと健康意識の低い人であるかのように見なされ、家族や友人から親身になって怒られたりします。しかし、ファクト・ボックスの評価に基づけば、「がん検診を受けない」という選択も許されるべきなのです。