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コンビニ店員として顔を売り、村長に…地方の“クレイジー”な選挙はなぜ今の日本にリンクするのか

『地方選』著者・常井健一インタビュー #2

2020/10/02
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「おともだち」で政治を回してきた第二次安倍政権以降の約8年間、安倍官邸が上から介入した地方の選挙では土着の自民党支持層との乖離が生じ、「保守分裂」と呼ばれる異常事態が相次ぎました。先ほど紹介した河井事件裁判の証言にも象徴されるように、都会からやってきた国会議員が金や力に物を言わせ、地方の実力者たちのプライドを根こそぎ奪っていきました。 

 自民党は圧倒的に世襲議員が多くなり、雑巾がけの経験がなくて、「直衆」(直接衆議院議員になった政治家)が大半になってしまった。あるいは「過去官僚」(官僚出身の議員)と呼ばれるひとたちも国の政治には詳しいけれども、地方の役所や議会を見下している人たちが多い。 

組織的に「票分け」を……政治家を巧みに使う小さな村

――そうした状況にあって、国会議員を巧みに使う村が『地方選』には出てきます。 

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常井 和歌山県の北山村ですね。ここは衆院選では二階俊博・自民党幹事長の選挙区で、村の9割が二階さん支持です。ところが比例では公明党に100票、入れている。村人に聞けば、創価学会員はそんなに村におらず、村議会に公明党の議席もありません。 

 これはどういうことかというと、どれだけ使える政治家とのパイプを作れるか、計算をしながら村で「票分け」をしているんです。中選挙区の時代から村はそうやって複数の政党や派閥を両天秤にかけることで、ある政治家に陳情してうまくいかなかったときは、別の政治家に相談できるようにできる限り多くのパイプを確保してきたんです。 

 このあいだの総裁選で岸田文雄さんを今後も生かすために他陣営から票がまわされたと言われていますが、いわゆる「ほどこし票」を村単位でおこなう知恵が北山村にはある。自民党の老獪な議員がもつような技術を、たった434人ほどの小さな村がもっている。それを長い年月をかけて政治家を動かし、村のインフラを整備するために培ってきたんです。 

――二階俊博以上に二階俊博的な村です。 

二階俊博幹事長 ©文藝春秋

常井 ははは、そうですね。北山村は紀伊半島の山奥に位置し、和歌山県でありながら奈良県と三重県に囲まれた「飛び地」です。

 かつては和歌山県に通じる道の一部は車が通れず、その不便さゆえに「紀州のチベット」と呼ばれていましたが、1970年以降、巧妙な政界工作が奏功して、けもの道が国道に指定され、今では7つのトンネルが山々を貫き、都市部の大病院にも60分以内で到達できる便利な村になっています。 

「貧しい村は賢いんだ」という二階さんの兄貴分だった元県議の言葉を本に載せていますが、このように小さな村ほど、生存能力と政治能力をもっていることがわかります。 

 それでも町村単位の民意を背負って国にものを言える首長が存在しなければ、地方の声というものは中央には届かないというのが今回のコロナ禍でのひとつの教訓です。そういうリーダーを発掘できるかどうかが、村々の存亡を大きく左右するということを今回の執筆作業を通じ、改めて痛感しました。