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妻と深く愛し合う「おいちいあむあむタイム」? アルコ&ピース平子祐希が語る幸せな結婚生活論

『今日も嫁を口説こうか』より #1

2020/11/14
note

女性の変化は素晴らしい

 ここまでの結婚から出産といった過程を経て、真由美の美しさはさらに深みを増していた。それはこれまでの無分別な若さによるものとは違う。女性としての覚悟、積み重ねてきた経験値や、そこで得た母性。これらが深い色香となって、輝きを帯び始めたのだろう。

 女性は精神的にも肉体的にも、人生のあらゆる局面において変化を強いられる。そうした変化を大多数の男性が“劣化”と捉え、夫婦間の情愛が希薄になる大きなきっかけにつながってしまう。しかしこれはあまりにも稚拙すぎる捉え方ではないだろうか。

 男性にとっての女性の美しさとは、単に闇雲な若さであることが多く、視野の狭さがうかがえる。僕もこの年になるまで気がつけなかった。

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 一人の女性が妻となり、母となり、年を重ねていく。これら一つ一つの過程は全てが進化以外の何ものでもない。この魅力は底無し沼だ。気づいた頃には腰まで浸かっている。

©iStock.com

 こうした視点が持てないのであれば、初めは単純なフェティシズムの目線から入るのも一つの手立てだろう。一度第三者の目線、つまり俯瞰の視点で奥様を見つめ直してほしい。

 恋人関係を経て貴方と結婚した奥様は、“人妻”となったわけだ。貴方は人妻と一つ屋根の下で暮らしていることになる。そして子供が生まれて母となった。こうなると貴方は“子持ちの人妻”と同じ家に住んでいるのだ。

 なんと平穏で、かつ艶かしい環境に身を置いているのだろうかと気づくだろう。こなれたつもりでいる日常の光景も、少し角度を変えるだけで色合いが変わる。

 万華鏡と同じだ。引きで見ればただの筒。もっと近づいて覗いてみれば、美しい無限の模様が姿を現す。

うちの妻は誰よりも綺麗だ

 僕が嫌いな言葉がある。

 “愚妻”だ。

 謙遜を美徳とする日本の文化そのものは美しい。しかし家族を必要以上に卑下する価値観は僕らの世代で蓋をすべきだ。

「うちのなんて女として見てないよ」

「ダメダメ、もうすっかりオバさん」

 このように謙遜とも不満ともつかないボヤキを聞いたことがあるだろう。