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『天気の子』帆高の「あの言葉」が脚本から消えた理由

2021/01/03
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 帆高はもう子供とはいえない年齢だが、社会を背負った大人に対して自分の思いを通そうとする時は、(偶然拾った)拳銃という、社会の外にある力を借りないとならないほど無力だ。拳銃など手にしてはいけないし、家出人は探されなくてはならない。親のいない子供は児童相談所の世話になるべきである。そういう大人の正論はわかっていても、それを受け入れるほど自分を客体化はできないから、それには従いたくない。

 ただ子供時代の最後の名残のような無垢な世界を、それがはかないものだと知っていても、とても慈しんでいる。それがラブホテルでの祈りに繋がる。

 一方、陽菜はラブホテルで“18歳”の誕生日を迎える。そこで陽菜は、帆高に、晴れ女を続けてきた自分の体が、いまや消えそうになっていることを明かす。陽菜は晴れ女=天気の巫女の宿命を自分自身で認め、受け止めようとしている。

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 帆高と陽菜が親しくなるきっかけを生んだ拳銃。無垢な世界を維持するには欠かせない「晴れ女ビジネス」。しかし拳銃を使ったことで、警察は帆高を探し始めるし、「晴れ女ビジネス」は、陽菜が天気の巫女として人柱になる運命を指し示すことになる。無垢な世界を支えていた2つの要因が結果として、無垢な世界を壊してしまう逆説。こうしてまるで代償を払うかのように陽菜は空の世界へと消えてしまい、降り続いていた雨は止む。世界の秩序は回復される。そして、帆高は警察に身柄を拘束される。

「これは、僕と彼女だけが知っている、世界の秘密についての物語」

 しかし帆高は警察から脱走し、陽菜を空の世界から取り返そうとする。その時、帆高は叫ぶ。「もう二度と晴れなくったっていい。青空よりも俺は陽菜がいい」「天気なんて狂ったままでいいんだ」。天気の巫女が人柱になって世界の秩序を守るという伝説。それを帆高は正面から否定して、陽菜を選ぶ。それはすごく個人的な理由で、世界の形を変えてしまうということだ。

初版50万部を記録した『小説 天気の子

 それまでの帆高は無力な存在だった。だからこそ社会や世界にコミットすることはできず、逆に無垢なままでいることができた。だが空の世界で帆高は、無垢な世界の要であった陽菜を取り返すために、「天気なんて狂ったままでいいんだ」と、世界のあり方に関与することを選ぶ。雨が降り続けば、社会は大きな変動を免れない。そんな道を選んでしまったら、帆高も陽菜ももう無垢ではいられなくなる。無垢な世界を取り返したいという願いが、帆高を無垢でなくしてしまうのである。そして陽菜もまた、それを受け入れ地上に戻る。