『13・67』(陳浩基 著)

 古典的(クラシカル)なのに、新鮮。技巧的(トリッキー)でいて、人間ドラマは濃密。『13・67』は、まだ一般には馴染みの薄い華文(中国語)ミステリーへの関心をぐっと高めるだろう、掛け値なしの傑作だ。

 作者の陳浩基(ちんこうき)は香港ミステリー界の新鋭で、第二回(二〇一一年)島田荘司推理小説賞を受賞した『世界を売った男』がすでに翻訳紹介されている。同賞レースは中国語で書かれた本格ミステリー長編を公募するもので、最終選考には島田荘司自ら携わる。陳浩基の受賞作は、一夜明けるとなぜか六年後の未来に来ていた警察官の混乱と職分(プライド)を描いてやや才走った感はあるが、その筆力は本物にちがいないと確信させるに足る好編だった。

 としても『13・67』の出来(でき)は、期待値を遥かに上回っていた。物語の主人公は、香港警察の生ける伝説、クワン警視。その卓抜な捜査能力から「名探偵」とも呼ばれるクワンがこの半世紀(一九六七年~二〇一三年)に関わった六つの難事件を、現在から過去へ、年代を溯る形式で語り連ねる。

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 奸智に長けた囚人の用意周到な脱走劇の顛末を描く「クワンのいちばん長い日」、犯罪グループとの真昼の銃撃戦に意外な策謀が仕込まれていた「テミスの天秤」など、推理の妙味にあふれる個々の短編の水準の高さには目を瞠(みは)るばかり。最終話「借りた時間に」の結末の余韻は格別で、なるほど一人の警官人生を逆再生していたのはまったく伊達(だて)ではない。今野敏や横山秀夫の警察小説を愛読している向きには特にオススメできる一冊だ。

 香港という人口稠密(ちゅうみつ)都市の発展を写し取り、反英闘争の嵐が吹き荒れた一九六〇年代と中国復帰を経て民主化運動が澎湃(ほうはい)と沸き立つ二〇一〇年代が照応されていることも見逃してはいけない。そう、『13・67』が描く“香港の五十年”の外側には、十九世紀末から二十世紀初頭の帝国主義の時代が今日(こんにち)繰り返されているかのような“世界の百年”があるのだから。

ちんこうき/1975年生まれ。香港中文大学計算機学科卒。2011年『遺忘・刑警』で第2回島田荘司推理小説賞受賞、翌年『世界を売った男』の題で邦訳が刊行された。14年刊『13・67』は世界12カ国で翻訳進行中。

かたやまだいち/1972年生まれ。文芸評論家。94年「明智小五郎の黄昏」が創元推理評論賞佳作。『謎解き名作ミステリ講座』等。

13・67

陳 浩基(著),天野 健太郎(翻訳)

文藝春秋
2017年9月30日 発売

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