世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。

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『二十世紀鉄仮面』(小栗虫太郎 著)

 戦前の探偵作家・小栗虫太郎の代表作として真っ先に挙がるのが『黒死館殺人事件』だ。恐るべき衒学趣味(ペダントリー)で埋めつくされた異形の作品空間で名探偵・法水麟太郎(のりみずりんたろう)が超論理に満ちた推理を繰り広げるこの大作は、無類の魅力を持つ反面、晦渋で敷居が高い作品というイメージにも包まれている。だが、伝奇小説『二十世紀鉄仮面』からは、小栗の別の側面が窺える。

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 本作で法水は、巨大軍需産業を牛耳る瀬高(せこう)十八郎と対決する。私設秘密警察の情報網を蜘蛛の巣のように張りめぐらせた瀬高の画策により、仲間の支倉(はぜくら)検事や熊城捜査局長は栄転の名目で実質的に左遷され、法水は孤立無援の身に。果たして彼の運命は?

 物語はフランスの鉄仮面伝説を引き合いに出した序篇から開幕するが、法水と瀬高の対決という本筋への期待をこれでもかとばかりに盛り上げるこのくだりを読んで、わくわくしない読者がいるだろうか。小栗の文章が悪文だという世評は、少なくとも本作には当てはまらない。

 瀬高は自身に不利な法案を潰すために黒死病(ペスト)を流行らせ、邪魔者もろとも豪華客船を沈めようとする冷血な怪物だ。しかし、殺そうと思えばいくらでも機会はあったにもかかわらず法水の命を奪うのを惜しむ様子もあり、いつしか瀬高と法水のあいだには敵同士ながらも一種の友情さえ生まれる。瀬高という悪役の魅力がなければ、本書の面白さは半減していただろう。

 法水が二人の女性に惹かれるロマンスの要素のほか、一方で船上の殺人事件の謎解きや、ある人物が同時に二ヶ所で目撃された謎といったミステリーの興味も忘れられてはいない。小栗という作家に苦手意識があるひとにこそお薦めしたい小説だ。(百)

二十世紀鉄仮面 (河出文庫)

小栗 虫太郎(著)

河出書房新社
2017年7月6日 発売

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