世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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ステージいっぱいに拡がる小林幸子の衣装といえば紅白歌合戦の名物だったが、あれは衣装なのか、それとも舞台装置なのか……と思わず考え込んでしまったことのあるひともいるだろう。ところで、牧野修の第二十三回日本SF大賞受賞作『傀儡后(くぐつこう)』を読んで、小林幸子のことを思い出さずにいるのは難しい。
大阪府守口市を中心に大量の隕石が降り注ぎ、多数の犠牲者が出た。だが本当の恐怖はその後にあった。現地に向かった自衛隊・マスコミ・調査団などがすべて連絡を絶ち、しかも皮膚が半透明のゼリー状と化す「麗腐病」が発生したため、落下地点から半径六キロの地帯は危険指定地域とされた。物語は惨事から二十年後に開幕する。
美形のカリスマファッションデザイナー、彼を憎悪するその父親、特別危険指定地域から唯一生還した病理学者にして探偵、麗腐病患者の肉を食べる二人の老権力者、街の景色を書物のように読む「街読み」……等々、倫理観が破綻していて性別すら入れ替わるエキセントリックなキャラクターが複雑に入り乱れ、ひたすらグロテスクにして美麗なディテールに満ちた物語を紡いでゆくのが本書だ。
とにかく話が混沌化する一方なので決着がつくのか不安になるほどだが、最後には『新世紀エヴァンゲリオン』の世界に紅白の小林幸子を降臨させて思いきりスケールアップしたような光景がすべてを締めくくることになる。このラストシーンの荘厳極まりない印象は簡単には忘れられないだろう。ファッションも皮膚もすべて溶け合う官能と狂気の世界を、フェティッシュな肌触りを感じさせる文章で描き尽くした、「読むドラッグ」とも言うべき異端のSFだ。(百)