世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
◆◆◆
重たい負の疾走感、とでも言えばいいだろうか。文字通り徹夜の一気読みを強いられたのだ。馳星周が約20年前に発表した『夜光虫』である。
舞台は台湾。主人公の加倉は日本から同地に渡ったプロ野球投手だが、黒社会の仕切る八百長に手を染め、大金をため込むまでになった。だが彼を慕う青年・俊郎が、その純朴な正義感ゆえに加倉を守ろうと八百長の件を警察に通報しようとしたことで、破滅への転落がはじまる。
加倉は衝動的に俊郎を殺す。八百長が暴かれることへの恐怖と、美しい俊郎の妻・麗芬(リーフアン)を自分のものにしたいという邪念のゆえだった。俊郎殺しを隠し、麗芬に近づく加倉。俊郎殺しを嗅ぎつけ、加倉に八百長を強いる黒社会のボス。そして加倉の後ろ暗い秘密をすべて知るメフィストフェレスのごとき老人・王東谷。加倉は追いつめられ、同僚を八百長に引き込み、さらに追いつめられる。だが恋慕する麗芬の前では潔白を装わなくてはならない。しらを切れ、ごまかせ、丸め込め。加倉は呪文のようにそう唱え続ける。
まるで真っ黒い壁が四方から迫ってくるような窒息感。これがページを追うごとに加速する。ここから脱するために邪魔なやつらを殺して殺して殺してしまえ――そんな加倉のデスペレートな精神が、馳星周の異様に熱っぽい文体によって読者にも伝染するのだ。熱帯の禍々(まがまが)しい風土病のように。
毒々しい糖蜜の中を落下してゆくかのごとき暗い破滅の感覚。それをここまで恐るべき吸引力で描き切った作品はない。魂の暗い底の底に何が待っているのか。見届けずにいられなくなる。徹夜で本書を読み切るまで、私は呼吸を忘れていたような気がする。(紺)