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大野 和基
2017/10/06

ノーベル文学賞 カズオ・イシグロが語った日本への思い、村上春樹のこと

村上さんとはロンドンで、ジャズの話をしました

source : 文學界 2006年8月号

genre : ニュース, 国際, メディア, 読書

2017年のノーベル文学賞がカズオ・イシグロに決定しました。1954年、長崎に生まれた小説家の日本への思い、そして村上春樹についてを語ったインタビューをお届けします。(『文學界』2006年8月号より一部抜粋)

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ミュージシャンになりたかった

――それでは、小説作法についてお伺いしたいと思います。ポール・オースターにインタビューしたときに、彼は、同じく作家である妻のシリ・ハストヴェットの言葉を引用して、こう言っていました。「小説を書くということは、実際に起こらなかったことを思い出すようなものだ。その意味で、小説を書く方がノンフィクションを書くよりもはるかに難しい」。このコメントに同意されますか。

イシグロ 「実際に起こらなかったことを思い出す」というのは本当に興味深いコメントだと思います。まさにその意味で小説を書き始めたからです。若いときは、作家になる野心はまったくありませんでした。ミュージシャンになりたかったのです。実際に小説を書き始めたときは、自分でも驚いたほどです。自分がどうして小説を書くようになったのかと振り返ってみると、最初に書き始めたときの主な動機がまさにそうであることに気づくのです。つまり自分にない記憶を何とかして書き留めることです。

©getty

 私は日本で生まれましたが、5歳のときに日本を離れたので、イギリスで育ったのと同じです。幼い時の日本の思い出しかありませんが、その思い出が私にとっての日本を象徴するのです。もちろんイギリスで育っているとき、ずっと日本社会はどういうものか、とか日本はどんな国かというのを想像していたと思います。ですから、20代の半ばにはもう、日本に対するイメージが完全に出来上がったと思います。それは、ある程度は記憶に基づくと思っていたのですが、実際は違いました。小説家が経験するように、架空のプロセスをすでに経ていたのです。それで日本に対するイメージを完全に作りあげていたのです。しかし、私がそれをやったのは、小説を書こうとしたからではなく、単純に、西欧で育ちながら、感情は日本とつながって魅せられたままでいるという子供のときの状況があったからです。今まで小説を書いたときも、「私の日本」を書こうとしたのです。それは常に自分がやっていないことを思い出そうとするようなものでした。それは記憶と想像の奇妙な混合です。小説家が実際にすることにかなり近いと思います。彼らは架空の世界を想像します。たとえ、リアリズムのモードで書いていてもそうです。自分の世界を創っているのです。自分の中の宇宙を、現実的な世界に押し付けているのです。もちろんポール・.オースターのように、現実からはっきり切り取られた世界を作り出す作家もいます。それでもかなり現実的に見えます。本当に小説としてうまく行くのは、現実の世界に、作家自身の世界が重なっているからだと思います。だからそういう小説を我々は高く評価するのです。

想像力はそれほど羽ばたかせませんね

――イシグロさんは想像力を羽ばたかせて書くのでしょうか。

イシグロ それほど羽ばたかせませんね。私は、かなり抑制の利いた作家です。私が小説を書くときは、何に想像力を使うかということについてはかなり慎重です。常に最初にテーマを思いつき、それから登場人物の関係を考えます。自分の想像力には、かなり明確な仕事を与えます。「ほら、このページは空白だ。自分の想像から何かクレージーでワイルドなことが出てくるか試してみよう」とは言いません。多くの作家がこうやってすばらしい小説を書き上げているのはわかっていますが、私の場含は一そろいのテーマが先にあって、それをかなり集中したやり方で探求します。一つや二つのテ-マを完膚なきまで探求するのです。それで、自分の想像力を稼動させて、「これがきみの仕事だ。どうだ、何かできるかね」と想像力に聞くのです。常に大枠があって、その中で、「これをいかにして表現するか、どのようなシーンがこのことを表すことができるか、いかにしてまとめるか」を絶えず考えます。即興的に「次はどこに行けるか」と考えることはしません。

現代史に関する本をたくさん読むようにしています

――あなたは小説もノンフィクションも読みますか。

イシグロ 両方読みますね。ノンフィクションもたくさん読みますが、リサーチのために読むことが多い。といっても直接自分が書いている小説のためではないことが多い。今は、最近イギリスとアメリカで出版された『Postwar(戦後)』という、歴史家のトニー・ジュットが書いた本を読んでいます。戦後の時代についての歴史書として非常におもしろい本です。小説を書き始めたのはもう25年も前になりますが、その頃同時代的に体験したことがまさに第二次世界大戦の余波であったと気づいたのです。大事件がたくさん起こりました。第一次世界大戦、第二次世界大戦、その後も小さな戦争がずっと起こっています。第二次世界大戦から半世紀以上経って、歴史的事件が数多く起きたことを再認識しています。私の世代の多くの人もそうだと思いますが、まだ世界をみるときに、戦後の歴史の観点からみることが多い。最近になってようやく、第二次世界大戦の影としてではなく、最近起こったことを単独で理解しようとしています。その形やパターンを実際に見ることは非常に重要だと思うからです。もちろん第二次世界大戦はものすごく重要ですが、現在起こっていることを第二次世界大戦に関係なく、理解し始めないといけないと思います。それで、現代史に関する本をたくさん読むようにしています。