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瀧井 朝世
2017/10/08

小さな頃からコンプレックスがない万城目流「明るい諦念」──「作家と90分」万城目学(後篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

genre : エンタメ, 読書

若い男女のラブストーリーを書いたのは企画ものの「月9効果」

――今までは日常で生きている人間が非日常に触れる話が多かったですけれど、この『パーマネント神喜劇』は人間にとっては非日常にいる神様の視点から書かれているのが、今までとは違うところですね。

万城目 そのへんは企画もののメリットというか。やっぱり一回きりだと思うと、今までのものから逸脱したものを書きますよね。昔の月9の主題歌みたいなものです。今は成功例が激減しましたが、かつての月9の主題歌は「今回このようなラブストーリーです」と説明されて、それまでベタなラブソングとか作ってこなかった人でも「じゃあ」と作品に合わせた歌を作るわけです。米米CLUBとかもそれまでちょっとひねた感じの歌が多かったのに、なかなか歌わなそうな「君がいるだけで」という曲を月9の主題歌として歌って、最高のヒットを飛ばしてしまったわけですけれど。チャゲアスの「SAY YES」だってそうでしょう。やっぱり企画ものはいい方向に転ぶことがあるっていう。僕が書いた「はじめの一歩」だって、完全に若い男女のラブストーリーじゃないですか。外から来た企画じゃなかったら絶対に書かなかったと思います(笑)。内側から自然には出てこない。

万城目学さん ©石川啓次/文藝春秋

小さい頃からコンプレックスが一切ないんですよ

――これまでの小説も、超人的な力みたいなものを描かれてきましたが、それが人間のために存在しているわけでない、という書き方をしていますよね。

万城目 それはありますね。神様がいるとしたら、もっと地球の自転とか太陽の周りをどう公転させるかとか、宇宙の運営に能力の99%を使うはずやなって思うんですよ。賽銭箱に100円入れた人の話を聞いてあげるより複雑で大変な仕事が他にある気がするんです。たぶん、小学校の頃からそう思っていたんですよね。

――その考え方が万城目さんの作品にすごく反映されていると思います。デビュー作の『鴨川ホルモー』(06年刊/のち角川文庫)だって鬼を操る不思議な力があっても他の何の役にも立たないし、『鹿男あをによし』も、神様ではなくて人間がナマズに地震を起こさせないように頑張りますし。『偉大なる、しゅららぼん』(11年刊/のち集英社文庫)も、描かれるのは人間を支えてくれる偉大な力といった類のものではない。

万城目 そう、ひどいですよね。神様がたとえば身長100メートルはある巨人の大きさだとしたら、絶対に人間のほうじゃない、違う方向を向いて日々の業務に励んでいて、それでお尻を掻いた勢いで、そのとばっちりをくらって人間があたふたする、というイメージですかね。だから「鹿男」の時も、神様は全然ナマズのことなんか気にしていなくて、人間がそれを封じるためにあくせくしている。もっとも、あれは人間すらもそのことを忘れて鹿が頑張っている話ですけれど。

鴨川ホルモー (角川文庫)

万城目 学(著)

角川グループパブリッシング
2009年2月25日 発売

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鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

万城目 学(著)

幻冬舎
2010年4月1日 発売

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――でも、人間の都合を考えない大きな力があるといっても、それで悲観的になっていませんよね。作品もどれも楽しいし。

万城目 あっ、そうですね。からっとした諦念といいますか、明るい諦念みたいなものを昔から持っていますね。「そんなん俺がうじうじ悩んでも、どうせ誰も見てへんで」みたいな。あれなんです、僕昔からコンプレックスが一切ないんですよ、小さい頃から。悩み事があったとしても、そんなん自分が思ってるだけで、誰も絶対気にしてへんわっていう確信があって。思ってるだけ時間の無駄やって。だから粘らないというか、所詮こんなもんでしょっていう。

――でも、だからといって、小説を書く時に粘ってない、というふうには見えませんが。

万城目 それはまた別なわけですけれど。でも、自意識に関しては、粘らないです。むかしから、自意識を持つこと自体どこか恥ずかしいと常に思っていて。コンプレックスを認識する前に、コンプレックスを生みだす自意識そのものを先に拒絶していたというか。だからたぶん、大きなスケールの小説を書く時にも、登場人物の自意識にこだわらないんですね。といっても、自分の性格はネアカとはほど遠いです。ほんと根暗なご陽気者です。

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