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『チーム・バチスタ』の海堂尊は、なぜチェ・ゲバラを描くのか

タカザワケンジが『ゲバラ漂流 ポーラースター』(海堂尊 著)を読む

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『ゲバラ漂流 ポーラースター』(海堂尊 著)

 チェ・ゲバラが三十九歳の若さで亡くなってから今年でちょうど五十年。写真家でもあったゲバラの写真展に約三万五千人が訪れ、同志だった日系人を描いた映画『エルネスト』が公開されるなど、いまだに熱い注目を集めている。

 本書は海堂尊によるゲバラ伝の第二部である。昨年、第一部が発表されたとき、『チーム・バチスタ』シリーズの人気医療ミステリ作家がなぜ? と疑問に感じたのだが、読んで腑に落ちた。ゲバラはもともと医師なのである。第一部では、アルゼンチンの裕福な家庭に育った医学生のゲバラが、親友と南米の旅に出、過酷な現実に直面する。医療で人を救おうとしてもその環境が整っていない。 民衆を救うためにはまず社会を変えなければ――その純粋な思いが「覚醒」する。

 第二部は医師となったゲバラが再び長期旅行に出るところから始まる。胸にはすでに南米の民衆を解放するという大義を抱えている。だが、二十代半ばのゲバラは政治の内実を知らず、革命の実際を知らない。そこで、最初に訪れたボリビアで革命軍に義勇兵として参加し、ペルーでは、コロンビア大使館に幽閉状態にあったアプラ党創設者アヤ=デラトーレと接見の機会を得る。さらにパナマでは諜報員を養成する米国学校に入り軍事教練を受ける。独裁政治を嫌悪し、民衆のための革命を志すゲバラだったが、まだ確固たる政治思想はない。この旅で名だたる政治家、活動家たちと出会い、その言葉に耳を傾け、議論することで、徐々に思想をかためていく。彼の教室は旅であり、師は出会った人々だった。

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 本書を読んで驚かされるのはその情報量だ。中南米の歴史や政治状況についてみっちりと書かれている。未知の政治家、政治団体名が頻出するため、最初は戸惑うが、決して退屈な「授業」ではない。作者が医療小説ブームを起こした作家であり、専門的な知見をわかりやすく伝える技術を身につけているからだろう。その技術の一つが政治の世界をキャラの立った人物たちが織りなすドラマとして描くことである。彼らの際立った個性は聞き慣れない名前を覚えさせ、表情や内面まで想像させる。女性とのロマンス、スパイや暗殺者たちの暗躍などスパイ小説としての一面もあり、エンタメの要素も十分だ。

 ゲバラがのちにキューバ革命を成功に導く立役者となるのは周知の事実。しかしまだこの第二部では「英雄坊や」と呼ばれる小僧っこでしかない。愛すべき「英雄坊や」がどのような革命家になるのか。いまから第三部が待ち遠しい。

かいどうたける/1961年千葉県生まれ。医師・作家。第4回「このミステリーがすごい!」大賞受賞の『チーム・バチスタの栄光』で2006年にデビュー。『ジェネラル・ルージュの凱旋』他著書多数。16年に長編4部作の第1部『ポーラースター ゲバラ覚醒』を上梓。

たかざわけんじ/1968年群馬県生まれ。早稲田大学卒業。書評家、写真評論家。著書に『挑発する写真史』(金村修との共著)。

ゲバラ漂流 ポーラースター

海堂 尊(著)

文藝春秋
2017年10月5日 発売

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『チーム・バチスタ』の海堂尊は、なぜチェ・ゲバラを描くのか

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