昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

“ハマの番長”から後輩投手たちへ───三浦大輔×佐藤多佳子 横浜DeNA球愛対談 ♯2

日本シリーズ進出記念特別再録

劇的な勝利はこの対談で予言されていた──? プロ野球生活25年間、最後まで先発にこだわって常に全力で投げ抜き、ファンから絶大に愛された“ハマの番長”三浦大輔さん。『一瞬の風になれ』で本屋大賞を受賞、大洋ホエールズ時代から熱烈な横浜DeNAベイスターズファンの佐藤多佳子さん。今春「オール讀物」4月号で夢の顔合わせが実現した。19年ぶりの横浜DeNAの日本シリーズ進出を記念し、お二人の熱い対談の特別再録・後篇をお届けします。

*「このメンバーと一緒に優勝したかった――三浦大輔×佐藤多佳子 横浜DeNA球愛対談 前編」より続く

©杉山秀樹/文藝春秋

◆◆◆

「先発完投」投手へのこだわり

佐藤 9月に、甲子園で三浦さんの先発予定がわかった時、見ておかなければという気持ちになって遠征しました。引退を決めるゲームになるとまでは思わなかったですが、投げる姿をしっかり目に焼きつけておけてよかったです。

三浦 自分としては昨年、初めて引退という言葉がよぎったわけではなくて、チームが勝てなかった時期の数年前からどこかであったんですよ。おそらくあと何年もないだろう。やり残したことがないようにしっかりやろうと思って続けてきたわけなんですけど、去年は8月まで勝てなかった。プロ野球は結果の世界ですから、一軍で勝てなくなったらユニフォームを脱がなければいけない。やりたいから現役でいるというのは、僕にはできませんでした。

佐藤 ファンとしてはもう少し、まだ出来ると思ってしまうものですけど。

三浦 出来るんだったらやりたいんですけどね。そのために精一杯、毎日練習もしてきたし、2015年までは若い選手が結果を出せずに、自分にチャンスが巡って来て、僕の6勝というのがチームで2番目の勝ち星。だから弱いんだと常に言っていましたけど、去年は若い選手が出てきて自分が6番目のローテーションにも入れなくなった。寂しい気持ちはありますけど、チームが強くなったんだという嬉しさもありました。

佐藤 そうでしたか。

三浦 もしかしたら、球団に「もう一年だけやらせてもらえますか?」と聞いたら、続けさせてもらえたかもしれません。でも、やっぱり勝てない投手はプロ野球選手と言えませんから、厳しくしておかないと。

佐藤 あくまで「先発」ということにこだわられていたんですよね。

三浦 それはこだわっていました。若い頃には中継ぎも経験して、中継ぎの大変さも分かっているので、自分には無理だと思いました。先発は先発の大変さがまた別にあって、同じ投手でも調整方法も、身体の作り方もまるで違うんです。ずっと先発にこだわってきて、それが出来なくなったら辞める時だというのも、自分の中にはあったんです。

佐藤 三浦さんの登板間隔は、昔は中5日もありましたよね。

三浦 どちらかというと投げたい、投げさせてくれというタイプでしたから、中5日でも構わないんです。しかも、最後まで投げ切りたい。

佐藤 完投がすごく多かったですよね。

三浦 ゲームセットの時にマウンドの上にいるのがいちばん嬉しいんですよ。試合のイニングの合間にもピンチを抑えた時にガッツポーズも出ますけど、勝ったわけじゃない。勝利をマウンドの上で味わえるのが最高に気持ちいいんです。だから点差が離れていて、8回まできたら次の登板もあるんだから交代するのがいいんでしょうけど、「いや、もう一回投げさせてくれ」って、僕は思っていました。

2016年9月29日、最後のマウンドで全力投球

優勝チームだって3分の1は負ける。負けをプラスに変えていくのが大事

佐藤 それだけ投げてもまだ投げられるという強さがあったからでしょう。

三浦 そのためにしんどい思いをして練習をやってきましたから。

佐藤 それは誰にでも出来ることではないですよ。中畑(清)監督の時に9勝された後なかなか勝てなくて、シーズン終盤にもかかわらず、140球、150球投げているのを見て、こちらが心配してしまったんですけど、ご本人としては大丈夫なんですね?

三浦 大丈夫です。いっぱい投げても、トレーナーさんにお願いしてしっかりほぐしてもらって、次の登板にベストの状態にもっていくのがプロです。肩と肘は消耗品だと言われて、僕の肘ももちろん曲がってきました。実際、3000イニング以上投げてきて、良かったのか悪かったのか分かりませんけど、先発完投にこだわる僕みたいな投手がいてもいいんじゃないかと思っていたんです。

佐藤 素晴らしいですよ。かつて横浜大洋時代、私がチームのファンになるきっかけとなった遠藤一彦さんが、完投の多い投手でした。登板する試合を完全に預けられるエースで。私はチームの勝ち負け以上に、遠藤さんが最後までマウンドにいるかにこだわって観ていたんです。だから三浦さんが完投するのがすごく嬉しかった。いまはそんな時代でもないんでしょうけどね。

三浦 マウンドを降りるのは嫌とはいっても、監督やコーチの判断で交代というのは、もちろんそれに従いますよ。ピンチを作ったのは自分だから仕方ないと思いますし。

佐藤 後を投げる投手を見ているのって、きつかったりしませんか?

三浦 いや、それはむしろ応援します。ドキドキはしますけど、ファンの方の立場と一緒で、応援することしかできない。マウンドにいる方がむしろ落ち着いていて、ピンチになっても何とか抑えようと集中できるんですけどね。

佐藤 リリーフの方が打たれてしまって、謝りにこられることとか、ありますか?

三浦 ありますけれど、それは「気にするな」っていうことです。だってみんな一生懸命打たれまいとしてやっていて、僕が打たれてピンチになった時を助けてもらっている時だってある。信頼関係ってそういうことですよ。新人の頃から抑えをやっている山﨑康晃にも、「普段のお前の練習の態度もみんな見てるぞ」って話したことがあるんですけど、打たれた後に次は何とか抑えようと、練習に取り組んでいる姿勢が大事なんです。打たれない投手はいないし、エラーをしない野手はいない。そのミスの後をどうするか──143試合あって、10割のチームなんて絶対にありえなくて、優勝チームだって3分の1は負けるんです。それをしっかり切り替えて、次の試合には逆にそれをプラスにして臨むかということだと思います。