あるところにねこがいました。

 駅を降りてすぐの公園が、ねこのなわばりでした。

 公園の真ん中には大きなスタジアムがありました。人間たちは「狭い狭い」なんて言うけど、ねこから見たらそれはとてつもなく大きなスタジアムでした。

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 ねこはスタジアムが好きでした。温かくなると人がたくさん集まって、ラッパを吹いたり、太鼓をどんどん鳴らしたり、叫んだり、踊ったりするんです。ただ星型のお化けや、歩く大ダヌキは苦手でした。ねこが中でも一番好きなのは、スタジアムの真ん中でボールを投げたり、打ったり、走ったり、すべったりする選手たちでした。大きな身体をおそろいの服に着替えて、楽しそうに笑いながらスタジアムの真ん中に飛び出していくのを見るのが、ねこは好きでした。それをたくさんの拍手で迎える人間を見るのも、好きでした。だから、時々はたまらなくなって、スタジアムの真ん中に飛び出してしまいました。

 するとこわいおじさんが慌ててねこを捕まえようとします。ねこは元来すばしっこいので、簡単にはつかまりません。ねこと人間の追いかけっこを見て、またみんなが笑いました。公園の木が黄色く色を変える頃になると、ラッパの音も太鼓の音もしなくなり、スタジアムは静かに眠ります。つまらなくなって、ねこも寝ました。

泣いていた白い鳥とピッチングマシン

 ねこはとにかく長生きなので、スタジアムでたくさんの人間を見ました。ねこが知っているだけで、あのおそろいの服は何回も変わりました。びっくりするような大きな歓声に包まれる時もあれば、酔っ払いがうとうと居眠りしている時もありました。人が少ないときは、スタジアムは寂しそうで、太鼓の音も寂しそうでした。それでも必ず誰かはやってきて、真ん中の人たちを大きな声で応援していました。真ん中の人たちも一生懸命、投げたり、打ったり、走ったり、すべったりしていました。

 あれは「試合」と呼ばれていて、「試合」には「勝ち」と「負け」があることも知りました。でもねこにはよくわかりません。ボールを投げたり打ったりする人と、それを大きな声で応援する人と、それを見ているねこと、それ以上のことはわかりませんでした。ただ「負け」になると、真ん中の人も周りの人も、こわいおじさんもしゅんとしてしまって、それを見るのが嫌でした。

 ある日、しんと静まり返った夜中のスタジアムを散歩していると、真ん中の人たちがいつも座っているベンチの壁に不思議なものを見つけました。青い壁に白い粉で描かれた、それは白い鳥でした。ねこが見上げると、白い鳥は泣いていました。空に向かって「かちたいかちたい」と泣いていました。ねこは何だかとても悲しくなって、ベンチで一緒に泣きました。

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 白い鳥はどうして「かちたいかちたい」と泣いていたんだろう。ねこはその後もずっと考えていました。考えながらまた誰もいない夜のスタジアムをさまよっていると、物置き場に一台のピッチングマシンを見つけました。まだそんなに古くはないのに、ポツンと隅に置かれている。それは来る日も来る日もボールをはきだして、そしてついに動かくなったのでした。ねこが見上げると、ピッチングマシンは泣いていました。腕をくるくる回しながら「なげたいなげたい」と泣いていました。ねこはますます悲しくなって、物置き場で一緒に泣きました。