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父は16年間の投獄、姉は餓死…文化大革命で苦痛を味わった“習近平”がそれでも“毛沢東”の背中を追う異常な理由

『ラストエンペラー習近平』より #1

source : 文春新書

genre : ニュース, 国際, 政治, 歴史

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 独裁者が唯一持てないものは、安全な在職権だ。あなたが日本の郵便局につとめているとすれば、人をぶん殴ったり、犯罪を起こしたり二日酔いの状態で何度も仕事に行かないかぎり、仕事と生活の保障はある。翌朝起きたら職を失っていたり、いきなり誰かが家にやってきて牢屋に入れられたり、党の会合で吊るし上げられ、拷問されることもないだろう。ところが習近平には、このような可能性が常に存在しているのだ。すべての独裁者に「安全」はないのである。

 日本をはじめとする民主制の国家の首相は習近平に比べれば、ずっと安全だ。たとえ政権運営に失敗して辞めることになっても、ただちに逮捕されたり、家族や親類が拘束されたり失職したりはしない(韓国は例外だが)。

写真はイメージです ©iStock.com

独裁という弱い権力システム

 またこれは中国の政治システムの脆弱性にもつながっている。中国は共産党による一見、盤石な権力体制を築いてきた。しかし、その最大の脆弱性が、習近平による独裁であり、特に死ぬまで権力の座に居続けられるとした憲法改正なのだ。つまり、習近平に不測の事態があったとき、いまの中国はそれに対応できないということである。

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 アメリカならば、仮にバイデンが急に体調を崩し、執務できなくなっても、ほとんど何の問題もない。カマラ・ハリス以下、大統領を代行する順序が18番目まで決まっているからだ。さらにいえば、アメリカで最終的に政治の方向を決めるのは国民であり、重大な事態が起きても選挙でその意思を問えばいいのである。これは日本など他の民主制の国でもいえることだ。

 しかも習近平は自らの後継者候補を明らかにしていない。これも当然で、していないというより、できないのだ。なぜなら後継者を決めた時点で、人々の忠誠は「皇帝」と「後継者」に分散してしまい、極端な独裁制が揺らいでしまうからである。

 その意味で、独裁制は「弱い」権力システムだといえる。権力が集中すればするほど、独裁者の失敗や、その決断に対する違和感は、大きな「ノイズ」となって、支配の根拠を動揺させる。そうした「ノイズ」を取り除くために、独裁者はますます自分に権力を集中させ、異分子を徹底的に排除しなければならない。今、習近平がやっていることは、それである。それは彼の支配を強めると同時に、崩壊の危険性を高めているのである。

【続きを読む】「全方位強硬外交」を続ける習近平体制…世界各国が中国と渡り合うために真似すべき“日本流の交渉術”とは

ラストエンペラー習近平 (文春新書)

エドワード・ルトワック ,奥山 真司

文藝春秋

2021年7月19日 発売

父は16年間の投獄、姉は餓死…文化大革命で苦痛を味わった“習近平”がそれでも“毛沢東”の背中を追う異常な理由

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