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恋愛小説が全然売れないと言われた。なぜだろうと思って、20代から40代の男女100人に取材した。確かに誰も熱烈な恋愛をしていなかった。──川村元気(1)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2016/11/26

genre : エンタメ, 読書

note

誰かのために一生懸命気持ちを注ぐということがレアな感情になってしまった。

――どこかにしまいこんでいるだけで、消えたわけではないと思ったという。

川村 最初は消えたと思ったんです。でも、いや、消えてないな、と。なぜなら人間はまだ恋愛感情を解決できてないから。「恋愛ってこういうことなんだよ、もう要りません」というような答えが出たら消えると思うんですけれど、そんな答えは全然出ていない。だから、どこかに恋愛みたいなものを渇望する気持ちは残っているんだろうと思います。それに、全然恋愛感情がなくなったという人でも、たとえば大学時代の話を聞いてみると、すごく好きだった人がいたり、嫉妬で悩んだりしたことがあるんですよね。それがたったの10年、20年でまるでなかったことのように過ごしているのが不思議でした。それで、恋愛をしていた過去のことと、恋愛感情を失ってしまった現代を交互に、映画でいうとカットバックという手法で描けば、その差分が恋愛をかたどるんじゃないかと考えました。そこがブレイクスルーだったかもしれません。

――取材したのは女性が多かったようですが、男性はどうでしたか?

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川村 男性にもたくさん取材したんですけれど、だいたい男は言うことが一緒なんです。女性の恋愛感情は多様なんですけれど、男の人はだいたい「若い子探しちゃうよね」「奥さん怖いよね」って、パターンが似ていてレベルが低い(笑)。つまり男の人はハンティングには興味があるけれど、ハントした後に大事にして育むみたいなことに関しては温度が低いんですよ。

――本作の中にも「男の人は愛されることにしか興味がない」というような言葉がありましたね。

川村 今回、取材した女性の方々から共通して言われたことがあって。「答えを出してください」って。「今、男の人がとにかく答えを出さないんです」って。結末が分からないまま、僕も答えを探しながら書いていきました。

瀧井朝世

――内容はといいますと、1年後に結婚をひかえている主人公の精神科医、藤代のもとに、ボリビアのウユニ塩湖に滞在している昔の恋人からの手紙が届きます。若い頃の思い出がよみがえる一方、婚約者やその妹との関係も変化し、さらには同僚女性の恋愛模様も語られていく。現在と過去が交錯するなか、なぜ彼女は今頃手紙を送ってきたのかという興味も持たせますね。

川村 宮本輝さんの『錦繍』に、かなり影響を受けています。

――往復書簡の小説の? 元夫婦が偶然再会して、その後手紙を何通かやりとりする中で二人の間に何があったのか、別れた後にどうしていたのかが明かされていく。名作ですよね。

川村 つまり、手紙を書くのはすごいことだなと思って。今回手紙から始まる小説を書こうと思って、試しに初恋の人に手紙を書くとしたらどうするかと便箋を買ってきてペンをとったら、自分が女性に対して手紙を10年以上書いていないことに気づいて愕然としたんです。手紙を書く間って、相手のことをすごく一生懸命考えるじゃないですか。その状態と、恋愛感情というものを、すごく近しいと感じたんです。誰かのために自分の気持ちをものすごく一生懸命そこに注ぐということは、本当にレアな感情になってしまったんだなと思います。とはいえ『錦繍』というのは、恋愛するのが前提になっている時代の小説ですから、その前提がなくなった時代に手紙から始まるものを書いたらどうなるんだろうなというのは思いました。

 手紙が来るというのが一種のミステリーになるといいなとは思っていました。でもなぜかつての恋人が手紙を送ってくるのか、僕自身も分からないまま書き始めたんですよ。ただ、吉田修一さんが『怒り』を書く時に、3人の疑わしい青年の誰が犯人か決めずに書いていったというのを聞いて、小説ってそういうことができるんだなと思って。書きながら答えが出るといいなと思っていました。昔の彼氏に手紙を送るのって、その人のことが忘れられないからって思いがちなんですが、そんなはずないと思ったんです。時間が経つと、女性は昔の男のことはきれいさっぱりどうでもよくなるから。それでも彼女が手紙を書いたのはなぜか、書き進めていくうちに、ひとつの結論が見えてきたんです。

 僕自身も、自分が恋愛に振り回されていた頃の気持ちに戻ってみたい、というのがあったんですよね。だってもう、全然振り回されないですもん。面白くないですよ(笑)。恋愛みたいな不合理で不条理なことは、大人になればなるほどやれなくなる。でも今の10代の子たちの恋愛が減っているのも、基本的に恋愛は振り回されることだからでしょう。自分の時間もなくなる、お金もかかる、嫉妬心といった要らない感情がついてくる。だったら一人でいたほうがいいよというのはすごく分かります。だけど、そうやって振り回されるのが面白いのに、っていうことですよね。セルフコントロールしている今と、恋愛感情に振り回されていた過去。どちらかというと、過去の方が幸せに生きていたような気もする。僕はきっと、その頃の気持ちに戻りたかった。だから昔を思い出すような手紙というものから書き始めたんだな、というのは終盤を書きながら気付いたことでした。