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 さて、現竜王の藤井も保留型で勝ちまくってきた。第11回朝日杯将棋オープン戦決勝(2018年2月17日)で広瀬相手に採用。2五桂と跳ね出してから攻めに攻めて広瀬を圧倒し、史上最年少15歳6ヶ月での棋戦優勝、さらに、史上最年少での六段昇段を決め、ダブルで記録を達成した。過去の採用では19勝1千日手(2022年10月20日現在)と負けたことがない。保留型は▲2五歩と突けばすぐ通常形に戻せるうえ、藤井が得意とする9筋の位を取らせる作戦(後手番で7勝1敗)における対策にもなっている。デメリットはなく、いいことずくめだ。

 にもかかわらず飛車先保留型を採用する棋士は激減している。それはなぜか?

飛車先保留型対策としての雁木

 その大きな理由が「雁木」だ。

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 4三銀3二金型に組む雁木は古くからある陣立だが、近年までプロ棋界で注目されたことはなかった。だがコンピュータ将棋の影響もあり、2017年頃から徐々に流行して研究が進み、今や後手番では雁木専門という棋士もいる。

 一方で雁木対策も進み、先手は囲いを省略してすぐに速攻を仕掛けるのが主流になっている。藤井もダイレクトの雁木に対しては20手目前後で戦いを起こしている。

 だが、飛車先保留型に対して雁木に構えられると、保留しているがゆえに飛車先の歩交換ができず、また、左の金銀を先に動かしているために速攻をかけることができない。

 前述した第30期竜王戦七番勝負の第2局でも、羽生が渡辺の保留型を拒否して雁木にした。しかもAIが推奨するバランス型ではなく旧式の構えで、組み上がった局面は、奇しくも300年以上前の江戸時代に行われた大橋宗銀対伊藤印達戦とほぼ同一局面になった。

 話は少し脇道にそれるが、江戸時代の将棋界は大橋本家・大橋分家・伊藤家の三家が幕府から扶持を受け世襲により家元制度を敷いていた。その三家で次期名人位を争っていた中で、1709年から足かけ3年にわたり16歳の大橋本家・宗銀と、12歳の伊藤家・印達が57番も戦った。その中の1局とほぼ同じだったというわけだ。

窓際戦法からプロのメインストリームに

 羽生は竜王を獲得した後に「創造的な出来事の99%は、過去にあった出来事の、今までになかった組み合わせ」と語っている。

 そして渡辺自身も2021年、斎藤慎太郎八段との第79期名人戦七番勝負第5局では保留型に対し雁木を採用して勝利、4勝1敗で名人を防衛している。雁木は窓際戦法からプロのメインストリームに格上げされたのだ。

 藤井は後手番では先手の戦型誘導を拒否したことはないが、飛車先保留に対してのみ、2局だけ雁木を指したことがある。第66期王座戦挑戦者決定トーナメントでの斎藤慎太郎七段(当時)戦と、第15回朝日杯将棋オープン戦本戦トーナメントの永瀬拓矢王座戦だ。ということで、飛車先保留対策としての雁木は有力な作戦として認知されている。逆にいえば、雁木対策がなければ飛車先保留はできない。

 また、現代将棋の傾向が角を打たれにくいバランス型になってきたことにより、飛車先保留にせずとも先手は打開できるようになった。保留型に頼らずとも攻めることができること、雁木に変化されること、この2つにより保留型は減ったのだ。

 2022年10月現在、保留型を好んで採用する棋士は、近藤誠也七段や佐々木大地七段ら若手棋士に偏っている。