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声を残す選択をどう考えるか――頭頚部がんの名医 藤井隆医師

2018/05/17
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 喉頭がんや下咽頭がんの治療で問題となるのが、「声を残せるかどうか」だろう。近年では化学放射線療法(ケモラジ=ケモセラピーとラジオセラピーの通称)も進歩し、声を残すチャンスが広がった。だが一方で、様々なリスクもあるという。適切な選択をするにはどう考えるべきか。数多くの患者を診てきた藤井隆医師に聞いた。 

藤井 隆(大阪国際がんセンター 頭頸部外科主任部長)
1986年に大阪大学医学部卒業後、大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)に勤務。日本頭頸部外科学会認定頭頸部がん専門医。

――歌手のつんく♂さんが声を失ったことに、多くの人が驚きました。そうなる可能性があるのは、どんながんのときでしょう。

 喉頭摘出の可能性があるのは、主に喉頭がんと下咽頭がんです。

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 喉頭がんは息の通り道にできるがんです。喉頭には声帯があるので、これを摘出すると声が出なくなります。もう一つの下咽頭は食べ物の通り道で、壁一つを隔てて喉頭と隣接しています。ですから下咽頭にがんができて広がると、喉頭も切除せざるを得ないのです。

――喉頭がんや下咽頭がんの場合、どれぐらいの割合で残せますか。

 それは進行度によって違います。技術が進歩したおかげで、超早期の上皮内がんなら、口から入れる内視鏡の治療で切除できるようになりました。ですから、ほぼ100%声を残すことができます。

 また1期という早期の喉頭がんは、外来通院で行える放射線治療だけで、100人中約90人は声を残して治せます。残念ながら再発して治らなかった残り10人は手術が必要となりますが、再発を早く見つけることで、そのうち約8人には部分切除術が可能となり、喉頭は取らずにすみます。残る2人ぐらいは喉頭全摘が必要になる可能性があるので、最終的には100人中98人が声を残せると思います。

 がんが少し進んで声帯の上下に広がった2期も、放射線で治療できます。100人のうち約80人は放射線治療あるいは抗がん剤を併用する化学放射線療法(ケモラジ)で根治が期待できます。治らなかった残り20人のうち10人弱の方にも、喉頭部分切除ができる可能性はあるので、最終的に90人弱の方は声を残せると思います。

 喉頭内にがんの根が広がった3期になると、ケモラジで根治が期待できるのは約半数となります。手術でも声を残せる人はかなり限られます。

 なお、下咽頭がんに多いリンパ節転移をともなう進行がんでも、状況によっては、ケモラジで根治が期待できる可能性はあります。

©iStock.com

――3期以上の進行がんだと、声を残すかどうかの選択を迫られることになるわけですね。

 そうです。命を助けて声も残せるのがベストですが、声にこだわり過ぎると命を失うことになりかねません。喉頭がんでは、喉頭を枠組みごと摘出すればほとんど再発しません。しかしケモラジ後では、再発を早く見つけることが容易ではなく、手遅れになれば命が助からないリスクもあるのです。

 ケモラジで根治が期待できる可能性の低い患者さんに、ケモラジのデメリットや喉頭全摘出後の代用音声のお話をすると、多くの患者さんが、「喉頭はあきらめて、また新しい声でがんばります」と言われます。ケモラジが難しいようなご高齢の方だけでなく、お子さんが成人されていない若い患者さんなどでも、「まだ死ぬわけにはいかない」と喉頭全摘を決断される方が少なくありません。