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「わたしはとても帰りたい」 日暮里の“違法性風俗店”で売春する25歳ベトナム人女性がこぼした本音

「わたしはとても帰りたい」 日暮里の“違法性風俗店”で売春する25歳ベトナム人女性がこぼした本音

『北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪』より #3

2023/02/13

source : ノンフィクション出版

genre : ライフ, 社会

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わたしはカイゴのしごとしました

 では、なぜユキはそれでも根気強く取材に付き合ってくれたのか。多少のアルバイト料と引き換えに時間を取ってもらったこともあるが、それ以上に深く関係がありそうなのが、彼女の前職だった。 

「わたしはじっしゅうせい(実習生)とき、カイゴのしごとしました」

 日本語でそう話す。 

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 技能実習制度の対象職種に介護職が追加されたのは2017年11月1日だ。導入が比較的最近なので、介護職出身のボドイはめずらしい。さておきユキには、言葉の通じない外国人──。すなわちコミュニケーションに時間がかかる相手と、介護施設で向き合っていたころの習慣がまだ残っているようだった。

「日本のどこで、仕事をしていましたか?」

「ヒロシマです。9ヶ月、はたらきました。それから、にげました」

 介護施設を離れた彼女は、同胞の多い茨城県に移り、ボドイが多く働く農場の仕事を見つけた。1年ほど働いたという。

 ただ、私の取材の1ヶ月ほど前から、とあるベトナム人男性の斡旋で上京し、別の仕事をはじめた。現在は日暮里にある「寮」に住んでいる。同居人は40代の中国人女性2人と、30歳のベトナム人女性1人だ。

「彼女たちとは、仲良し?」

「ベトナム人と、いっしょにごはんを作る。たべます。(2人の)ちゅうごく人は、はなし、しません」

 もうひとりのベトナム人女性も、おそらく技能実習先を逃亡したボドイだ。

 とはいえ、お互いの事情は詮索していない。 

「東京は好き?」

「きらい。けいさつ、いっぱい。こわいです」

「東京の警察は真面目だから、ボドイが嫌がるんですよね」

「イバラギかえりたいです。でも、わたしが前にいたはたけ、いまほかの人はたらきます。のうぎょう(農業)のしごと、しょうかい(紹介)、ください」

 現在のユキは他のボドイたちと同じく、特定活動の在留資格を認められており、一応は合法的な身分だ。なのに警察をひどく恐れる理由は、彼女が現在、非合法的な店舗で働いているからにほかならない。

 彼女の「ユキ」という日本語名も、実は日暮里付近の違法性風俗店の源氏名だ。 

日本の性風俗店紹介サイトのなかには、ベトナム語のページを持つものもある。この写真に写っている左手はユキのもの。彼女が自分のスマホで画面を表示させて、見せてくれたのだった。なお、画像内の顔写真の女性らはユキとは無関係(著者提供)

 スマホ画面の翻訳文をのぞき込んで会話をすると、顔の距離が近くなる。

 彼女の髪や服からは、他のベトナム人女性にはない独特の匂いがした。

 安いボディーソープとうがい薬とタバコ臭、さらに汗臭と体臭とカビ臭が入り混じった、ケミカルとも動物的とも形容しがたい臭気である。一昔前まで、巣鴨や大塚あたりですれ違う一部の中国人女性からも似た匂いがした。換気や水はけが悪くて不衛生な部屋で長時間過ごし、何人も客を取っている、チャイエス嬢によくある特徴だ。

 チャイエスとは、チャイニーズエステの略称である。名前だけを聞くと美容施設のようだが、実態は男性向けの性風俗店だ。一昔前まで、在日中国人のアングラ事情を語るうえでは欠かせなかった話題である。以下、私の知識の範囲で説明しておこう。