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世の中に不足している空気を提示したい。――伝説のクリエイター大貫卓也の仕事術 3

2018/02/24
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SoftBank CIほか(2004-2006)
キャメロンディアス(ニューヨーク)ほか/SoftBank Mobile〈2006-2007〉

せっかく仕事をするんだったら、みんなを幸せにしたい。

編集部 大貫さんのもとにたくさん来る依頼の中で、受ける・受けないの基準はあるのですか?

大貫 できれば世の中を少しでもいい方向に持っていける仕事。簡単な問題より、難しい問題ほどやりがいを感じます。

川下 ソフトバンクの広告は、孫正義さんを好きになったから引き受けたそうですが、そもそも孫さんの人間性がとても魅力的だったからなのか、付き合っていくうちに好きになって一生懸命尽くそうと思ったのか、どちらなんですか?

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大貫 孫さんにはじめて会ってやられました。将来の展望や夢を、キラキラした目でとうとうと語られたんです。孫さん自身のキャラクターもものすごくピュアでチャーミング、とにかく一目惚れしました(笑)。僕も仕事に対して正直に、真面目に、精一杯、一生懸命向き合うという戦い方しかできないので。世の中のために出来ることを求めていた自分にとって、願ってもないという感じでした(笑)。

 依頼を受ける基準で強いて言うと、全体の広告の中で、例えばパッケージデザインだけとか限られたパートしかやれない仕事はあんまりやらないかもしれない。部分的にやっても問題は解決しませんからね。

「困っているから何とかしてほしい」みたいなざっくりとした依頼で、全てをクライアントと一緒に考え直していいという仕事であれば何でも喜んで引き受けます。全部というのは商品そのものも含みますから大変ですが、その方が効率よく、いい結果が出せますからね。

 売るだけではなく、志を共有できるかも重要な要素ですね。せっかく仕事をするんだったら、みんなを幸せにしたいと思うじゃないですか。それが一番の仕事のモチベーションの源泉だし、やりがいですよね。

 ある時期から、広告で世の中をよくしたい、人々を幸せにしたいと強く思うようなり、素朴な疑問というか意見を広告に反映させるようになりました。広告の一番の本質はそこにあると思っています。広告のプロとしてはデザインがいいとか、売れるとかは当たり前なんですよね。そんなことよりも、広告で何をするかが大切で、その時に重要なのが意見なんです。クライアントと一緒に高い志を持って仕事できたら最高にハッピーでしょうね。今、僕は美大の教授をしているんですが、できれば意見を持てるようなデザイナーが世の中にもっと増えるといいなと思いながら教えています。

日本の女性は、美しい。/TSUBAKI〈2006〉
日本の女性は、美しい。/TSUBAKI〈2006〉

“やり尽くした感”なんて微塵もない

川下 この本にあるとおり、大貫さんは今までこれほどたくさんの仕事をしてきて、僕だったらもうやり尽くしたと思うかもしれないと思うんですが、きっとこの先もまだまだやりたいことはあるんですよね。

大貫 やり尽くした感なんて全然ありません。この本で紹介してきたように、最初は新しい表現のため、次に商品を売るため、その次は志をもって世のため人のために、という感じで、時代とともに自分の目的は変化してきました。今も日本をもっとよくしたいと思って取り組んでいる仕事があって、通常の広告ではないですが、広告発想でやっています。

 それとは別に、表現に特化した地点に逆戻りしたいとも考えているんですよ。でも決して自己満足じゃない。誰も見たこともないぶっちぎりの突き抜けた表現で、ものすごい成果も上げるし、時代の空気を変えてしまうような。もう一回クリエイターのようなことをやりたくなる時もあるんですよ(笑)。

川下 それはなぜですか?

大貫 僕が10~30代の頃って新しいことが最大の価値だったわけです。みんなが新しいものを求めていた時代のど真ん中にいたので、新しいものが出てきて「おぉーっ!」とか「すげー!」とか「なにこれ!」と思うような経験をたくさんしているんですよね。

 その時受けた衝撃や驚き、感動などの鮮明な記憶があるから、それを今の時代に再現したいと思った時、そのためにはどうすればいいかがイメージしやすいわけです。だから僕達の世代はコミュニケーションのツボとなるヒントを山のように経験していて、それがクリエイターとしての武器にもなっている。

 でも今の若いクリエイターに聞いても、あのコマーシャルはびっくりしたなぁとか、あのアーティストには度肝を抜かれたなんて原体験がないという人が多いんですよ。

川下 確かに今はこの本に載っているような新しいものや突き抜けた広告がないから、若手は不幸な時代に生まれたと言えるかもしれませんね。

大貫 それは僕達の責任だとも思っていて、彼らにもっと驚いたり、ワクワクしたり、感動してほしいとすごく思うわけです。そのために、昔のいい時代をもう一回巻き戻したいなと思っているんです。それはすごく難しいことだけど、ものすごくやりがいがあるし、面白いなって。

川下 「昔はよかった」と言うだけの人はたくさんいるんですが、それを目に見える形にしてもらいたいと思いますね。

大貫 そうなんですよ。目に見える形にすることが重要なんですよね。辛気臭いことは嫌いなので、もっと別の最高の価値観があるっていうのを、最高のトップモードで、最先端の形として提示したいわけですよ(笑)。それが僕達の責任だと思っています。

『Advertising is  Takuya Onuki Advertising Works 1980-2010』(大貫卓也・著 グラフィック社 10000円+税)

構成・山下久猛(フリーライター)

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