「がんと共に生きる」には、それまで考えていなかったような「困りごと」がつきもの。経済的負担もさることながら、家事や買い物、通院といった、“当たり前”の日常生活を送ることに困っているがんサバイバーも多いという。そんな中、がんと診断された後も自分らしく日々の生活を過ごすために、さまざまなサポートが生まれている。

 がん経験者にとって、本当に必要な支援とは何か。2017年8月にライフネット生命で初の「がん保険」を発売し、契約した人ががんになった後、様々なサポートを受けられる「がん生活サポートサービス」の新ラインナップとして「がんセカンドオピニオン外来」を取り入れた岩瀬大輔社長と、同社の働きかけにより、2018年1月からオンラインで医師のセカンドオピニオンを受けられるサービス「がんセカンドオピニオン外来」を開始した医療法人鉄蕉会 亀田総合病院の亀田俊明医師に、これから求められる医療・保険のあり方について聞いた。

(左)岩瀬大輔さん、(右)亀田俊明さん

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「医療界のニューヨーク・ヤンキース」が新しいサービスに挑戦

岩瀬 オンライン診療アプリ 「CLINICS(クリニクス)」と連携して、申し込みから受診まで、すべてをオンラインで行える画期的なサービス「がんセカンドオピニオン外来」がスタートしました。僕らライフネット生命の提案に快く応じていただき、今回「医療界のニューヨーク・ヤンキース」である亀田総合病院とご一緒できたこと、とても光栄に思っています。

亀田 「医療界のニューヨーク・ヤンキース」ですか(笑)。

岩瀬 亀田総合病院は、テクノロジーを率先して活用するなど、常に新しいことに挑戦していくイメージがあるので、ついそんな風にたとえてしまい、すみません(笑)。新しいものをどんどん取り入れる風習は、昔からあったのですか?

亀田 多分昔からあったと思います。特に祖父は新しいもの好きでした。子どもの頃に住んでいた家は、祖父が職員の方たちと一緒にコンクリートを混ぜるところから自分たちで作ったそうです。プールもあったんですけど、それも祖父たちが土を掘って作ったらしいです。カメラが大好きで、それが高じて、千葉県で一番早くレントゲンを導入したとも聞いています。

 

岩瀬 亀田総合病院は、江戸時代から続く歴史の古い病院のようですね。医療界は、変化を嫌がるというイメージがあるのですが、老舗病院が率先的に新しいものに取り組むのは、珍しいのでは。

亀田 寛永の末頃から医療に携わっていたそうですから、そこから数えると創業370〜380年くらいになります。もともとは僧侶を兼ねて漢方医療を行っていたようなのですが、6代目の亀田自證が長崎に出向いて蘭方医学を学び、西洋医療を行うようになったそうです。昔から新しいことや面白そうなことはやってみるという文化があったんですね。

亀田先生、将来医師になることへの疑問はありませんでしたか?

岩瀬 これだけ大きな病院の跡取りとなると、子どもの頃から「将来は医者になれ」といわれて育てられたのかと思いますが、疑問や否定みたいなものはありませんでしたか?

 

亀田 「医者になれ」といわれたわけではありませんが、子どもの頃は病院内に自宅があって、ドクターたちと一緒にご飯を食べたり、家族のように暮らしていました。ですから、将来は医者になるんだろうなという漠然としたイメージは持っていましたね。

岩瀬 親に反抗したりすることはなかった?

亀田 うーん、なかったですね。姉の方が男らしかったので「跡取り」という感覚もあまりなかったのかも。でも、結局姉も私も弟も医者になりました(笑)。親の思惑通りだったのかもしれませんが、自分には合っていると今では思っています。