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光熱費の高騰を抑えるために風力タービンを導入したイギリス北部のコミュニティ…「災害ユートピア」から新しいリーダーが生まれてきた

國分功一郎とブレイディみかこが語る“沈みゆく世界”#3

source : 文學界 2023年3月号

genre : ライフ, 社会, 国際

note

 物価高と生活危機の問題がいよいよ深刻化し、庶民が立ち上がり始めた――。

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「夢を見るのはやめた。それよりもサバイバルだ」

ブレイディ いまのイギリスがまさにますますそうなんですよ。物価高で生活苦になり、中小企業や小さいお店がバタバタつぶれ始めている。その中には、EU離脱の国民投票で、「離脱さえすればすべてうまくいくんだ」と思って離脱に入れちゃった人たちもけっこういるわけです。そういう人たちは、あのときに夢を見せられちゃったわけじゃないですか。でも、EU離脱はどうしたって、いまのイギリスの物価高の要因の一つになっています。

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 イギリスって自給自足ができない国ですから、外から物を運んでこなきゃいけない。ところがEUを離脱したために、物流も煩雑になってしまったし、物を運んでくれる労働者も、離脱とコロナで自分たちの国に帰っちゃった。その結果、大変な人手不足になっていて、それが物価高につながっています。地方のレストランに行ったら「スタッフが今日いませんから」って閉じてるんですよ。世の中がここまで大変な状態になってくると、みんなもう夢を見るのはやめた、というか、あきらめて、それよりもサバイバルだという感じになっているんです。

©AFLO

 そうなってくると、先ほど話したようにみんなで助け合い始めますよね。そのときに、「困っているから助けろ」と政府を突き上げても、時間はかかるし遠すぎる。近年ずっと言われていたじゃないですか。民主主義を実現するには、国家は規模が大きすぎるんじゃないか。もっと小さい規模でやっていったほうがうまくいくんじゃないかって。アクティヴィストでアナキスト人類学を探求していたデヴィッド・グレーバーがよく言っていたことです。

 興味深いのは、理念を掲げて小さな民主主義の実現を推し進めなくても、この物価高でみんな生活に困っている状況が人々に行動を起こさせていることです。それこそ中動態じゃないですけど、自分の意志で立ち上がっているというよりは、いろんな原因があって、人々を行動に仕向けている。自分たちで立ち上がっているようで、立ち上がらせられているような。そういう意味で今日のテーマである「〈沈みゆく世界〉から立ち上がる」も、自分の意志だけで立ち上がるということじゃなくて、おのずと助け合いや自治の光景が立ち上がっていると解釈できるんじゃないでしょうか。國分さんが『スピノザ』でよく使われていた言葉を使えば、そういう様態が立ち上がっているという気がしますよね。

日本でも立ち上がりはじめた“ある情景”

國分 立ち上がるというと、たしかに「ここで俺たちが頑張らなければならないんだ」といって強い意志でグッと自発的に自分から立ち上がるみたいなイメージがあるかもしれません。その場合って、無理やり哲学っぽく言うと、精神が身体を動かしているイメージだと思うんですよね。強い根性が働いて、身体というものをグッと持ち上げている。でも、ブレイディさんがいま言われた中動態的なイメージは、何か新しい情景が立ち上がっているという自動詞的な感じですよね。誰かが何かを持ち上げているというより、そういう状況が生まれてきている、と。