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「あんな男と結婚してごめんなさい」と殴られるままに…引きこもりの30代息子のためにすべてを捧げる母(61)の“共依存”

『共依存 苦しいけれど、離れられない』より #1

2023/07/11

genre : ライフ, 社会

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次男を中心に回っているBさんの日常

 Bさんは次男についてこう考えていた。次男はやりたいことがなかなか実現できなくて挫折ばかり繰り返している。その恐怖が現実に立ち向かう力を奪っているし、進歩もなくなっている。引きこもりの原因はそこにある。息子をカウンセリングに来させて、やりたいことを実現する手立てを考えさせれば、大きく変わるだろう。そうすれば自分への暴力も止まり引きこもりから脱出できるに違いない、と。

「先生に会っていただければあの子も何か変わると思うんです。どうか息子に協力してやってください」。すがりつくような目でBさんは私を見た。

 彼女の日常は次男を中心にまわっている。朝起きるとまず次男のためにおかゆを作る。神経質な次男はここ15年くらい胃腸が荒れているので、朝は必ずおかゆに決めている。定年退職した夫は次男が朝食を終えたのと入れ替わりに起きてきて、トーストを自分で焼く。その後Bさんはパートに出かけ、次男は2階の自室にこもり、夫は図書館に自転車ででかける。息子の昼食は前日に買い置きしたうどんを温めればいいだけにしてある。午後4時には夕食の買い物を済ませて帰宅する。次男は彼女が帰宅すると自室から降りてきて、今日1日の読書の成果を報告する。

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 彼のやりたいことは、いずれ日本を脱出して別の国で生きることなのだ。その国の歴史と言葉を毎日自室で勉強するのが次男の日課である。本はBさんが毎月1回書店で買い込んでくる。

 これまで次男は4回日本を「脱出」した。台湾、アルゼンチン、ブルガリア、それにスペインだ。都市部ではなく田園地帯で農家に住み込んで大自然の中で暮らすことを次男は何より望んでいる。お金は夫の退職金を崩して拠出した。夫は次男が大学に通えなくなったとき、取っ組み合いのけんかをしてねじ伏せられてから何も反論しなくなった。Bさんにとって夫は、今では食べて寝るだけの存在で目立った会話もない。結婚当初、夫のDVにおびえていたことがうそのようだ。

次第に次男に殴られるように

 Bさんのパートのお金は、理想の国が見つかり次男が無事日本を脱出するときのためにこつこつと積み立ててある。

 一番長かったのがブルガリアで3カ月、一番短かったのがアルゼンチンで2週間だった。パンパに行ったのだが、バスの中で強盗に遭ってパスポートを盗まれてしまい、泣く泣く帰国した。このころから次男はBさんに暴力をふるうようになった。「俺がこうなったのもあの男のせいだ」と言いながら母親を殴る。あの男とは父親のことだ。「ごめんなさい、ほんとに悪かったわ」とあやまりながらBさんは次男の気が済むまでずっと殴られるままになっている。夫からの暴力にくらべるとなんでもないと思えるからだ。

 次男の「脱出」には、1回で最低でも約100万円かかる。成田までのタクシー代、そしてうまくいかなかったらすぐに帰れるように帰りのフライトチケット代も含めてである。次男の次の「脱出」先は、メキシコの予定である。

©AFLO

 こう語るBさんは打ちひしがれているわけではない。日常生活はすべて次男のために意味のあることばかりだし、次の目標もはっきりしている。どこか得体の知れないエネルギーが、目の前に座る61歳のBさんから発散されているような気がした。