文筆家・映画監督として活躍する、元セクシー女優の戸田真琴さん。新興宗教を信仰する母親の元に生まれ、機能不全家族のなかで育った過去を持つ。そんな彼女が、自身の生い立ちやデビュー・引退の経緯などを描いた私小説『そっちにいかないで』(太田出版)を5月27日に刊行した。

 私小説では「毒親との生活」が描かれているというが、彼女は実際にどのような両親の元に生まれ、どんな家庭で育ったのだろうか。貧困問題や機能不全家族などを取材するライターの吉川ばんび氏が、詳しく話を聞いた。(全3回の1回目/2回目に続く)

文筆家・映画監督として活躍する戸田真琴さん ©杉山拓也/文藝春秋

◆◆◆

ADVERTISEMENT

母親の不安定さによる影響を受けて育った幼少期

――戸田さんが育った家庭は、どのような環境でしたか?

戸田真琴さん(以下、戸田) 中学生くらいまでは一般的といいますか、そこそこ幸せな家庭で育っていると思っていたんですが、今思うと機能不全家庭だったんだなぁと。

 父親は自営業をしていて夜勤が多く、母親は専業主婦だったため、ほとんどの家事や子育てを母親が1人でやる状態だったんです。ただその母親でさえ、家事がすごく向いていない人で。

――片付けが苦手だったり、料理が苦手だったりですか。

戸田 はい。さらに気分のアップダウンが激しい母親だったので、その不安定さによる影響を子ども時代からかなり受けてしまって。

©杉山拓也/文藝春秋

 私、姉が1人いるんですが、母親はいつも「あなたたちは私の味方だよね。父親の味方なんかじゃないよね」というのを前提としたうえで、私たちに「本当はこんな暮らししたくない、ここから出たい、私は本当はこんな人生を歩むはずじゃなかった」といった話をずっとするんですね。

「あんたたちがいるからここから抜け出せないんだ」と言われたこともありますし、「私はあの人と血が繋がっていないけど、あなたたちは血が繋がっているからかわいそうだね」と言われることもありました。

――お母様は、お父様との離婚を考えていたのですか。