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戸田 今でも「これが好き」とか「こっちのほうがいいと思う」という主張をするのがとても怖いです。

 私は映像監督の仕事もしているのですが、監督のセンスが全体の指針になるにも関わらず、周りから少しでも「それは変だよ」と言われると、「あっそうなんだ、変えなきゃいけない」とすごく悩んだり。でも最終的に編集作業で1人になると、自分の本来表現したいことを思い出して必死に軌道修正したり、そういった実害はあると思っています。基本的に他人にNOが言えないですね。

©杉山拓也/文藝春秋

「男の人を誘いたいの?」と言われてブラジャーすら買わせてもらえなかった

――私も機能不全家庭で育ち、お金がなくてなかなか病院へ行かせてもらえなかったのですが、子どもの頃、体調を壊したり虫歯になったりしたときに、病院を受診させてもらえていましたか?

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戸田 母親は、医学的根拠のない医療書みたいなのを読む人だったんですよ。

 私は潰瘍性大腸炎という、国に難病指定されている持病があるのですが、高校生のときに症状を自分なりに調べていくつか病気の候補を絞って「これかもしれないから病院に行きたい」と言ったら、母親から「そんなことあるわけないでしょ」「この本にはヨーグルトを食べれば大丈夫と書いてある」みたいなことを言われてしまって、連れて行ってもらえませんでしたね。母親の思い込みが全ての家だったので。

 今思えば、それは虐待だと思います。田舎だし、自力で病院に行く交通手段もお金もなくて我慢したまま、腹痛がひどくて遅刻したりを繰り返しながら高校に通っていました。

――病院に行くことができたのは、ひとり立ちをされてからですか。

戸田 そうです。検査をしたら難病だったことがわかって、ようやく治療ができたんです。病気を治療できない状態だと「自分はこの社会で生きていけない」というような感覚になってしまうので、治療することで社会生活を送れるようになっていったことは自信にもつながったように思えます。

 あ、あとは下着を買ってもらえなかったりもしましたね。「しまむら」とかに行って980円の上下セットの下着なんかを買って欲しいと言っても、買ってもらえませんでした。

©杉山拓也/文藝春秋

――それは単純にお金がないからですか?

戸田 そもそも母親が「ブラジャー」を過剰に「性的なもの」と捉える意識があって、私が下着を欲しがると「ブラジャーなんか、どうして着けるの? 男の人を誘いたいの?」みたいなことを言われて。