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 しかも、くくり罠を使うと、クマだけでなく希少なトラも捕獲されてしまうということで、ロシアでは使用が禁止されるようになってしまったのだ。

 仕方がないので、日本で使っていたドラム缶を連結した捕獲トラップを使うことにした。このトラップはちゃんとした図面があるわけではなく、いつも同じ鉄工所に作ってもらっていた。言葉の壁があって仕事ぶりもよくわからない現地の工場に発注するのは無謀である。

 そうなると、日本で作ってロシアに持っていくしかない。あとはどうやって運ぶかだが、ちょうど当時はロシアから日本に木材を輸入していたため、その船がロシアに帰っていくときに載せてもらうことにした。

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 ほかにも、首輪の電波を使う権利など、海外で研究を進めるためには政府や現地の役所へのさまざまな申請が必要になってくる。しかし、こういった一連の手続きというのは、いちいち許可をもらうのにお金(いわゆる「袖の下」)を要求されるのである。

 しかも日本の役所では考えられないほど時間がかかる。そんなこんなで、気が付いたら実際の調査が始まるまでに2年が過ぎていたというわけだ。

「パスポートを見せろ」地元住民に怪しまれて通報される

 調査開始までも時間がかかったが、日本から現地に行くのも時間がかかる。ウラジオストクまでは直行便がないため、当時は韓国経由でウラジオストクに飛んだ。朝6時の羽田発の飛行機に乗らないと間に合わないので前泊は必須である。ウラジオストクに着いてからは約12時間バスに乗って数百kmの距離を行く。そのうちの1/3は舗装されていないデコボコ道である。車に酔いやすい人にはおすすめしない。

 いきなりバスが止まり、憲兵かKGBと思しき制服姿のいかつく眼光鋭い男たちの一団がずかずかと乗り込んできて、まっすぐに私たちのもとにやってくる。恐ろしげな口調のロシア語で何かをまくしたてる。何をいっているのかは詳しくはわからないが、どうやら「パスポートを見せろ」と要求しているらしい。

 いわれた通りにすれば彼らは降りていくのだが、なかにはパスポートを没収されそうになって、面倒なことになった人もいた。そういうことがかなりの頻度で起こる。おそらく、ロシアの田舎道を走るバスに、見慣れぬ外国人が乗っていることを怪しんで、地元の人が通報しているのだと思う。そんなわけで、目指す自然保護区には、たどり着くのに3日もかかったのだった。往復するだけで6日かかるようなフィールドなので、日本の大学や研究機関などで仕事をしている私たちが長期滞在できるタイミングはあまりない。そこで、研究者仲間で行く時期をずらし、1~2週間ほどリレー形式で滞在することにしていた。私は大学の仕事が一段落する秋に10日ほど滞在することになった。