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「これを飲んで、あいつは目がつぶれたんだよな」

 なんて物騒な話を聞いた気がした。彼らは「ヴォドカ!」と主張するが、これはもしやサマゴンと呼ばれる密造酒ではないだろうか。

 念のため、自分たちはあらかじめ店で買ったウォッカを飲むことにして、イヴァンさんのすすめるお酒はやんわりと断っていた。怪しげなウォッカがようやくなくなりそうになってホッとしていたら、彼はまたどこかから1本持ってくる。どこかに四次元ポケットでもあるんじゃないかというくらい、次から次へと出してくるのだ。そして喉の奥にブラックホールでもあるんじゃないかというくらい、出してきた瓶をことごとく飲み干していくイヴァンさんなのだった。

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トラのウンコの中にはツキノワグマの毛や爪が入っていることも

 ロシア人の酒の強さは、日本の酒豪が真っ青になるレベルである。そう思っていたが、やはりイヴァンさんの酒量はそのロシア人の中でも桁違いだったらしい。あるとき、毎晩の飲み過ぎを国立公園の職員にこっぴどく叱られて、酒盛りは私たちの歓迎会(初日)と送別会(最終日)の2回だけになった。

 このように刺激的な体験がてんこ盛りだったわけだが、私のロシア滞在中にクマは1匹も捕獲できなかった。水垢離のご利益とは何だったのだろうか。とはいえ、シホテアリンで得られた経験はかけがえのない財産になった。ロシアのツキノワグマは、日本よりもずっと大きいが、やはり行動はほとんど同じで、木に登って果実を食べることもわかった。

写真はイメージ ©AFLO

 また、トラのウンコを見つけるとツキノワグマの毛や爪が入っていることもあった。それを見るたびに、「そうか。おまえ食べられちゃったんだな……」というしみじみとした切ない気持ちになったものだ。日本にいると、クマの死体を見ることなんてほとんどないし、ほかの動物に捕食されることもまずないのだから。

日本では味わえないドキドキ感は貴重な経験に

 なお、実際に現地に行ってみてわかったのだが、野生のトラを見るのはクマを見るより難しい。トラは非常に用心深いので、なかなか姿を現さないのである。

 それでも、朝起きてテントの周りを見ると、トラの足跡を見つけることがあった。

 しゃがんで掌を当てるとほとんど同じ大きさである。

「やっぱりいるんだな!」

 トラのいる森でフィールドワークをするドキドキ感は、日本では味わえない貴重なものだった。

 ツキノワグマがトラやヒグマと共存する森。いつになるかはわからないが、また調査に行ける日が来るよう祈っている。