文春オンライン

終戦、78年目の夏

のどかな草原の中にポツポツと位置する78年以上前から残された“廃墟”…戦争遺構「鹿島海軍航空隊跡地」を探索してみた

のどかな草原の中にポツポツと位置する78年以上前から残された“廃墟”…戦争遺構「鹿島海軍航空隊跡地」を探索してみた

2023/08/16
note

消火栓には海軍のイカリのマークが

 次の建物への移動中、道端に消火栓があった。消火栓にはイカリのマークが入っている。これは紛れもなく、海軍のものだ。当時のものが何気なく残されているのは嬉しい。

道端で見つけた消火栓にはイカリのマークが

 移動中にあったのは、消火栓だけではない。道路が舗装されていたが、道マニアの私としては、この舗装路も気になる。

舗装された道に目をつける

 色が黒くないし、ムラも大きい。これはひょっとして、基地が造られた当時の舗装路ではないか。私が金澤さんに尋ねると、その通りだという。

ADVERTISEMENT

少なくとも78年前の舗装路であることがわかった

 アスファルトの耐用年数は、一般的に10年とされている。舗装路は意外と傷みやすく、特に重量のある大型車が多く通行する道路では、頻繁に舗装を作り直している。なかには20~30年以上使い続けている場合もあるが、さすがに78年以上前の舗装路は、まず残っていない。これはひょっとすると茨城県最古の舗装路になるのではないかと、一人、興奮する。

高さ32メートルの煙突がついた巨大なボイラー

 次の建物に近づくと、巨大な煙突が目の前に迫る。建物は汽缶場といい、今でいうボイラー室だ。

巨大な煙突

 煙突の高さは32メートル。近くに高い建物が無いこともあり、とても大きく見える。基地として使われていた頃は、毎日煙突の上まで人が登り、灯火を点けていたという。今でも巨大な煙突や構造物には、航空機との衝突を避けるために照明が設けられているが、もちろん自動的に点灯する。この煙突の最上部まで登ることを想像しただけで、足がすくむ。

 汽缶場の中には、ボイラーが現存していた。煉瓦で覆われた巨大なボイラーは圧巻だ。火室正面の重厚な鉄扉が、とてもカッコいい。

 
汽缶場(ボイラー室)の中にはボイラーが現存している

 戦跡としての重要な役割は当然あるが、廃墟的なビジュアルは否定できないし、それが大きな魅力でもある。ここに何時間でも居座りたいところだが、見学会は時間が決まっているので移動する。