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批判するのでもなく、愚弄するのでもなく…内田樹がLGBT問題を“ゆるい合意”から始めるべきと考える“納得の理由”

批判するのでもなく、愚弄するのでもなく…内田樹がLGBT問題を“ゆるい合意”から始めるべきと考える“納得の理由”

内田樹インタビュー#2

2023/09/16

source : ライフスタイル出版

genre : ライフ, 社会

note

内田 LGBTのムーブメントはアメリカ出自ですけれど、これはアメリカという国におけるアイデンティティーのイデオロギー的重要性をよく見ないと理解が届かないのではないかと思います。ご存知の通り、アメリカは「人種のるつぼ」ではなく、「人種のサラダボウル」です。イギリスから始まった新大陸への移民に、その後フランス、イタリア、ドイツ、アイルランド、ユダヤ、アフリカ系などが続々と加わりました。もちろんネイティブ・アメリカンがもともとアメリカにはいました。それぞれのエスニックグループ同士は結局「るつぼ」で熔け合うことがなかった。移民してから何世紀経っても、相変わらずそれぞれのエスニック・アイデンティティーを保持している。アメリカ社会の中でエスニックなニッチを確保して、それぞれのコミュニティの同一性を維持してきた。

 問題は、これをアメリカ人が「成功体験」として総括したことです。「もっと混ざって、出自不詳になるべきだった」という考えはアメリカではついに主流になることがなかった。今でもアイリッシュはアイリッシュ、ジューイッシュはジューイッシュ、アフリカンはアフリカンで、それぞれの民族的個性を手放そうとしません。そして、それは端的に「よいこと」だと信じられている。だから、アメリカ社会では、「私は何者であるか?」というアイデンティティーの確立があれほど優先順位の高い人間的課題になるんです。

『スター・ウォーズ』シリーズは、ジョージ・ルーカスが黒澤明の大ファンでしたから、アメリカ映画としては珍しく「師弟関係」や「修行」の要素が取り入れられています。それでも、ルーク・スカイウォーカーは、師ヨーダに就いてのジェダイの騎士修行をあっという間に終わらせて、修行途中で抜け出して、ハン・ソロ救出に向かってしまう。そして、『帝国の逆襲』の冒頭ではもう一人前のジェダイの騎士として登場する。「おい、修行はどうなったんだよ!」と武道家としては叫びたくなるんですけれど、これがアメリカ社会では許される。

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 ルークがノービスからいきなりジェダイの騎士になれるのは、自分が何者であるかを知ったからです。「ああ、私はジェダイの騎士になるべき人間なのだ」と思ったということと「ジェダイの騎士になった」ことはここではほとんど同義なんです。だから一足飛びにノービスからマスターになれる。

 さすがに、この不整合を糊塗するために、途中から「フォース」が使えるのは遺伝形質のせいだという説明が導入されました。ジェダイの能力の源は血液中に含まれる「ミディ=クロリアン値」なるものであるという話になる。だから、血液検査をすれば、自分がジェダイの騎士であるかどうかはわかるんです、なんと。

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