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《記事使用料は1000PVで平均124円 ヤフーニュースは「優越的地位」》前公取委員長が明かす巨大IT企業との「戦い方」

2023/09/23
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 膨大な個人情報を含むデータを一手に集め、そのデータがユーザーにとって思いもよらない使途に用いられてしまった恐れがある。ケンブリッジ・アナリティカ事件は、巨大化したプラットフォーム企業の行動が危険性をはらんでいることを世に知らしめました。「フォートナイト裁判」も関心を集めました。アップストアでダウンロードができる人気ゲーム「フォートナイト」を開発したエピックゲームズが、昨年8月に“アップル税”を反トラスト法(独占禁止法)違反ではないかと訴え、その課税を回避する外部決済システムをゲーム内に導入しました。アップルはこの動きを受けて、フォートナイトをアップストアから除外したのですが、これが、世界的に議論を呼び起こしました。この件も、今回のアップルによる外部決済(アウトリンク)を認めるという決定に影響したのではないでしょうか。

 

「グーグル断ち」は不可能

 今回のアップルの問題に限らず、日本の市場や経済を守るために、巨大プラットフォーム企業といかに向き合うかを考えなくてはいけません。20世紀末に始まった経済のデジタル化は急激に日々の生活を変化させていますし、そのデジタル情報が価値を生む「データ本位制」の世界に私たちは生きているからです。

 現代人はSNSやメッセンジャーアプリ、メールなど、毎日何らかの形でそれらのサービスに接したり、更新したりすることなしに生活することは、ありえないのではないでしょうか。「グーグル断ち」「アマゾン断ち」の生活を想像することは、正直に言って、ほとんど不可能に近い。アマゾンはパソコン上でワンクリックして頼めば翌日に届くことも多いですし、消費者に多大な便益を与えていることは否定できません。私自身の生活を取ってみても、自宅に帰るといつも家内がアマゾンで頼んだ配達の段ボール箱が部屋に積んであり、それらを処理してごみ収集所に持っていくことが、私の家庭での大きな仕事になっているわけです(笑)。出品している中小事業者にとっても、市場の拡大という効用を持つサービスです。

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 その一方で、デジタルプラットフォーム事業は“勝者総取り”になる傾向があります。デジタルプラットフォーマーは便利なサービスをまずは多くの人に使ってもらい、そのデータを利用することで製品・サービスの性能向上につなげる。サービスの質が改善されると、ますます多くの人に使ってもらえるようになり、さらなるデータの蓄積が可能になる。こうした「ネットワーク効果」により、特定のプラットフォームへの利用者の集中がさらに進むことになります。

 これまでの経済活動であれば、生産能力には一定の限界がありました。しかし、グーグルのサービスは1万人が使う場合でも1億人が使う場合でも、製造業のような生産ラインの増大や投資が必要になるわけではありません。プラットフォーム企業は事業を拡大しやすく、そのため市場支配力が強い事業者が容易に出現してしまう。少数に多大な利益が集中するという独占・寡占状態になりやすいのです。

日本はGAFAの下請けに?

 公取委が拠って立つ、従来の独禁法の考え方で重視されていたのは「価格」でした。カルテルや談合によって、不当に価格が釣り上げられていないかをチェックする。ですが、今のプラットフォーム企業による独占状態は、この考え方では理解することができません。グーグル検索は無料でできますし、SNSのアカウントも無料で作成できます。アマゾンは他の通販サイトよりも品揃えが豊富で、安く、かつ便利です。

 これらはユーザーにとっては無料や安価で使えるサービスですが、プラットフォーマーにとってはそこで得たユーザー個人の行動情報が投入財となり、広告主から広告料を取ってターゲット広告を出しています。この「両面市場」こそがプラットフォーム企業の特性です。この場合に価格は問題ではなく、ユーザーの情報を不当に扱っていないのか、あるいは秘匿性が守られているのかといったこと、すなわち取引される情報の品質に着目する必要があります。その他にも、強大なマーケットパワーを背景に競争を閉塞させたり、取引相手などの関係者に対して不当な不利益を与える行動をしていないか。市場メカニズムがきちんと働いているかどうかをチェックすることが公取委の役割です。

 私は、2013年から2020年まで公取委員長を務めましたが、在任時より心配していたことがあります。それは、日本経済がGAFAといった巨大企業の下請けのような構造に陥ってしまうのではないか、ということです。そのくらい、今の日本企業の競争力は落ちていっているように私の目には映ります。

 元々、私は大蔵省・財務省に長く勤務し、1990年代には主計局で働いていましたが、その頃に日本経済は大きな構造変化に直面しました。たとえば、15~64歳の生産年齢人口は1995年にピークアウトしています。1990年代を境として、それまでの人口ボーナスの時代から、人口オーナス(重荷)の時代へと転換していったのです。

 また、1990年前後、日本は主要先進国で1人当たりのGDPが実質トップとなり、先進国に完全に追いつく。経済が成熟化の段階にいたってしまうと、これまでとは異なり、需要サイドではなく供給サイドが経済を引っ張っていくような状況にならなくてはいけません。つまり、今のデジタル経済におけるイノベーションのような革新がどうしても必要な時代になったのですが、どうも今の日本企業は内向きになってはいないでしょうか。

半導体という「蹉跌」

 日本企業が内向きになってしまった、一つの象徴的な事例だと考えているのが、1986年に締結された「日米半導体協定」です。当時、右に並ぶものはいない強さを誇っていた日本の半導体産業でしたが、政府当局間の合意という実質的なカルテルによって、価格や市場シェアに枠をはめられてしまった。日米半導体協定は「日本企業が強すぎるから押し込め」というもので、日本のエレクトロニクス産業は被害者です。

公正取引委員会の前委員長・杉本和行氏による「アップルとかく戦えり」の全文は、月刊「文藝春秋」2021年11月号、および、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

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アップルとかく戦えり
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