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「藝大に落ち、就職もせず、栄養失調で横たわっていた」75歳の"水彩画おじいちゃん"に170万人が癒されるワケ

source : 提携メディア

genre : ライフ, ライフスタイル, アート

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「ドツェンコさんというロシア系アメリカ人のボスがいて、われわれの添削(受講生と同じ題材を同じ画材で描き直して、改善ポイントを指導する)を容赦なく評価する。相手が誰だろうとダメなものはダメだと突っ返すんです」

それから講師に昇格した柴崎さんは、40年間トップの業績を上げ続けた。

柴崎さんは、誰もが平等に戦える環境下において、絵の力のみで勝ちつづけたのだ。

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大切なのは、自分の中の芯棒を育むこと

柴崎さんはいま美しい里山に囲まれた故郷に戻り、広々としたアトリエを構えて制作に励んでいる。得意の添削を主軸にしたYouTubeは、チャンネル登録数が170万を超えた。

「今こうやって振り返ってみると、子ども時代のわたしはいたずらで周囲の大人によく怒られていましたし、大人になってからも自分の意見を曲げずに、周囲と何度も衝突しました。ただ、そうするなかでまわりの反応を見て『これは良い』『これは駄目だった、なぜか?』と自分に問いかけながら、少しずつ成長していったんだと思います」

「他者や社会は、ある意味クラゲのようにつかみどころのないものですから、まわりと自分を比べなくていいし、それで心配したり、悩んだりしなくてもいい。世間並じゃなくたっていいんです。大切なのは信じ続けること。自分の将来が不安なら自分を信じて、子供の将来が不安なら子供を信じて、ただ愛情を注げばいい。例えば親が子を信じてさえいれば、子どもは試行錯誤しながら、いつか自分の中にあるゆるぎない芯棒に気づいていく。そうやって、生きる道を発見していくのだと思います」

そんな柴崎さんの動画が、なぜか世間から爆発的に評価されているわけだが……。

「YouTubeを始めてみて、『癒やされた』という投稿が多いのに驚きました。内面に悩みを抱えた人がこんなにたくさんいることに、改めて気づかされました。もし、私の動画で心の平安が得られる人がいるのなら、YouTubeにいくらでも時間を費やしていきたいと思っています。手前味噌ですが、自己確立ができると、人間、周囲に優しくなれるんです」

孤高に自らが信じる絵と向き合い続けた芸術家がたどり着いた、ひとつの境地だろうか。

山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。
「藝大に落ち、就職もせず、栄養失調で横たわっていた」75歳の"水彩画おじいちゃん"に170万人が癒されるワケ

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