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豊臣秀吉の「人の殺し方」は狂気としか呼べない…秀吉が甥・秀次の妻子ら三十数名に行った5時間の仕打ち

source : 提携メディア

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5時間にもおよんだ殺戮劇

1台目には子をもつ女性3人(子は3人。5人とする記録もある)、2台目には公家の菊亭晴季の娘である正室や、東北の大名最上義光の娘である側室ら4人、3台目には武家出身と思われる4人、4番目には公家の四条家の娘ら4人……。史料によって多少のズレがあるが、三十数名が死に装束を着せされ、護送された。

石田三成らが彼女たちを河原に引き立てると、盛られた土の上には三宝に載った秀次の首が置かれていた。三十数名はそれぞれその首を拝まされ、そのうえで一人ひとり首をはねられた。殺戮劇は衆人環視のもと5時間におよび、処刑が終わると全員の遺体を一カ所に集めて土を盛り、「悪逆塚」と刻まれた塔が建てられたという。

当時の社会を震撼(しんかん)させたこの事件の結果、ただでさえ少なかった秀吉の身内はさらに減り、そのこと自体が豊臣政権の弱体化を招いたことは疑いない。加えれば、秀次の旧領は石田三成や増田長盛ら秀吉の側近グループに分配され、彼らは畿内の要地に所領をもって力を増した。それが秀吉の家臣たちの分裂を招き、関ヶ原合戦につながっていった。

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だが、その前に、この史上稀にみる凄惨(せいさん)な殺戮、それもあきらかに無実な女性や子供の惨殺は、権力の一極集中が時に招きうる狂気の恐ろしさを物語っている。

香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。
豊臣秀吉の「人の殺し方」は狂気としか呼べない…秀吉が甥・秀次の妻子ら三十数名に行った5時間の仕打ち

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