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作家・万城目学が語った“直木賞との関係性”「今までは横にいて、一緒にぼやき漫才をしてくれていたけれど…」

直木賞受賞・万城目学さんインタビュー

2024/01/21
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生者と死者が交差する物語

――『八月の御所グラウンド』は表題作と「十二月の都大路上下ル」の2作が収録されています。どちらも日常に非日常が紛れ込み、生者と死者とが交錯する話ですが、同じコンセプトの中編をすでに書き上げているそうですね。

万城目 最初に構想したのは「六月のぶりぶりぎっちょう」という作品で、歴史教師がホテルに泊まったら殺人事件が起き、その謎を解きがてら「本能寺の変」の秘密に迫るというミステリーのようなコメディのような中編でした。

 それが「生者と死者がすれ違う」という話だったので、このコンセプトを中心にすえて、あと2本書いて、一冊の本にまとめようというのが初期構想です。「六月~」は生者の真横に死者がいるというイメージ。ならば、「十二月の都大路上下ル」は死者が自分たちよりちょっと後ろにいるイメージ、「八月の御所グラウンド」はちょっと前にいるイメージで、3パターンを考えていこうと。

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『オール讀物』に連載物のような感覚で、「十二月~」「六月~」「八月~」の順に書いていったのですが、真ん中の「六月~」のテイストがあまりに他の2編と違うということで、単行本にするときは外すことにしました。結構、イレギュラーな本づくりだったと思います。

埼玉県予選で見た「涙」

――さきほど、2017年から高校駅伝を見に行っていたとのことでしたが、すいぶん前から取材されていたんですね。

万城目 毎年定点観測として年末の京都の本戦を見て、その1カ月前に地方予選を1か所見に行っていました。具体的には埼玉、宮城、東京、神奈川です。

 女子駅伝は距離がハーフで1時間ほどで終了するので、1回の取材でコースのあちこちを回って見られないんです。それで、京都取材の最初の年はスタジアムでスタートを見て、次の年からは別の場所に移り、最終的に作中に登場する第5中継所、つまりアンカーの話にすると決めるまでに5、6年かかりました。

©文藝春秋/撮影:松本輝一

――方向音痴の補欠選手、坂東、通称サカトゥーさんが大会前日に選手に抜擢される。そんな彼女の競技中や前後の気持ちが丁寧に書かれて、それだけでも面白かったです。

万城目 ある年に埼玉の予選を見にいったら、ゴールしたアンカーの選手が次々にボロボロ泣いていたんですね。他の県予選に比べても明らかに泣いている人が多かったんです。そこから、なんでそんなに泣くんだろうという探究が始まったんですよ。

 泣けなかった子が選手控室で泣いている子からその理由を告げられる話などを考えるうちに、試合後に一緒に走った他校の子とコミュニケーションをとる展開がいいなと思い始めて。競技中に一緒に非日常を経験したことをきっかけに、会話をすることになるという。