昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

なぜ人は打率4割を超えられないのか――上原浩治氏が教えてくれた「切り替え」の意味

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/08/09

 去年のこと。上原浩治氏と対談した。

 実は私と上原氏は同学年である。同じ大阪出身で、同じく大学浪人を一年間経験した。同じでなかった点は、子どものころから上原氏は阪神ファンで、私が巨人ファンだったことだ。

 ゆえに、巨人に入団した上原氏がはなばなしく活躍する様に私は目を細め、まるで我がことのように誇らしく思い、同い年の選手がペタジーニを敬遠する悔しさに涙する姿を見て、衝撃を受けた。ルーキーなのにかっこよすぎだろう。それに引き替え、大学を1年留年し、部屋でのんべんだらりとしているだけの己の情けなさといったら——。

 あれから、20年が経過した。

 まさか、あの日ののんべんだらり太郎が、上原氏と対談する日がくるなんて想像もしなかった。

上原浩治氏 ©文藝春秋

なぜ打率4割でシーズンを終えることができないのか

 お会いした上原氏は大きかった。何となく、その細身に見えるフォルムから、170センチ台後半の身長かな、と勝手に思いこんでいたが、185センチのたいへんな偉丈夫であった。この全身を覆う筋肉が、たった1個のボールを18メートル先のキャッチャーミットへ収めるために全力で収縮し弛緩するのだと想像するだけで、得も言われぬ迫力を感じた。

 もちろん互いに初対面だったが、対談は和気藹々と進み、1時間以上話し合ったあたりで記事にすべき分量は確保できたとのことで、しばしの雑談タイムと相成った。

「何でも聞いてください」

 と上原氏が笑顔で誘ってくれたので、それならば、と以前から疑問に思っていた、

「なぜ、人間はどうしたって打率4割でシーズンを終えることができないのか。ピッチャーの目線から、その4割を超えない不思議をどう考えますか?」

 という質問をぶつけてみた。

 はーん、と小首をかしげたのち、

「それは——、日をまたいで、切り替えられてしまうから、じゃないでしょうか」

 と上原氏は明快な口調で答えた。

現役時代の上原氏 ©文藝春秋

「切り替えられる?」

 この対談に挑むに際し、私は上原氏が現役引退を決断するに至るまでの軌跡を綴った『OVER 結果と向き合う勇気』(JBpress BOOKS)という著作を読んだ。そのなかで特に印象的だったのが、深夜0時になったら必ず気持ちを切り替える。その日の試合で起きた、いいことも悪いことも忘れる、というメンタルのコントロール方法だった。

 そうなのだ。

 悪い試合をしたときは、切り替えるしかない。引きずったって、何もいいことなんてありゃしないのだ。

 でも、わかってできるものでもない。もしも、自分が救援投手として9回裏に登板し、サヨナラホームランを浴び、ファンの罵声を浴びながらベンチに戻った日には、半年は引きずる自信がある。とてもじゃないが、その数時間後の午前0時にきっかり切り替えるなんて、できっこない。それができるには、普段から頭の中で物事を整理し、あふれ出す感情を冷静に客観視できる訓練を積んでいることが必須だろう。切り替えにも心の技術が必要で、かつ頭のよさが求められるのだ。