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連載春日太一の木曜邦画劇場

丈吉を狙う夏八木勲の惨めな最期。シリーズは未完でも印象的な終焉だ――春日太一の木曜邦画劇場

『無宿人御子神の丈吉 黄昏に閃光が飛んだ』

2024/01/30
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1973年(83分)/東宝/2750円(税込)

 今回取り上げる作品は『無宿人御子神の丈吉 黄昏に閃光が飛んだ』だ。前回、前々回と紹介してきたシリーズの三作目にして、最終作である。

 このシリーズは、妻子を惨殺された丈吉(原田芳雄)の復讐の旅を追いかけてきた。そうなると、最終作では最後の仇敵である国定忠治との決着が描かれるはず――と思う人も多いだろう。ところが、本作にはこれまで忠治を演じてきた峰岸徹がクレジットされていないのだ。

 ただ、一作目で内田良平の演じた同じく仇敵の長五郎を二作目では井上昭文が演じていることから、本作も忠治のキャスティングが変更になったと考えられないこともない。だが結論から言うと、忠治は登場しない。本シリーズは完結せずに、途中で終わってしまっているということだ。

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 だからといって、肩透かしの内容かというと、全くそのようなことはない。むしろシリーズ最高の見応えで、忠治の存在を忘れてしまうほどだ。

 舞台は冬の甲州路。忠治を求めて西へ向かう丈吉、忠治に依頼されて丈吉の命を狙う小文治(夏八木勲)、丈吉が死ぬ様を見たいというお八重(安田道代)という三人の男女による道行きが描かれる。

 過去二作の過酷な旅路を通して心を閉ざした丈吉、労咳を病む中でかつて愛した女を求める小文治、駆け落ちした男に裏切られたお八重。それぞれに抱えた強い孤独のドラマが、雪と冬枯れの草木の織り成す寒々しい景色と見事に調和し、寂しい中にほのかに灯る優しさを紡いでいた。

 特に、丈吉と小文治の関係性がステキだ。いつでも殺せる機会はあるのに、あえてそうしない小文治。命を狙われているにもかかわらず、小文治がピンチになると助けに入る丈吉。よく考えると、二人とも行動は矛盾しきっている。だが、そんな理屈など全く気にならない。言葉を交わさずとも通じ合う、魂と魂との絆が最高に熱く伝わるからだ。演じる二人が俳優座養成所の同期であることも大きい。

 だからこそ、終盤の小文治のドラマが切ない。丈吉に敗れた際には、愛する女・お春(小川節子)を救うために命乞いをし、そうまでして命懸けで助けようとしたお春には無下に裏切られる。そして、病に苦しみ、雪原を鮮血で染めながら命を落としていく――。惨めな姿を重ねながら迎えるその最期の様を、夏八木が完璧に演じきっていた。

 丈吉は討つべき標的を失い、倒れた小文治の上で長脇差を振るうしかない。その空しいシルエットが、小文治の哀しみをより引き立たせる。

 シリーズ自体は完結しなかったが、これはこれで一つの印象的な終焉だった。

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