1972年(91分)/東映/4950円(税込)

 前回に引き続き、先日お亡くなりになった中島貞夫監督の作品について述べる。

 晩年の中島監督はドキュメンタリー映画『時代劇は死なず ちゃんばら美学考』や二十年ぶりの長編映画となる『多十郎殉愛記』など、時代劇の魅力や技術を後世に伝えるべく精力的に製作を続けていた。一方、前回も述べたように若い頃は反ヒーロー的な志向が強く、それは時代劇においても変わることはなかった。

 今回取り上げる『木枯し紋次郎』も、そんな一本だ。紋次郎は菅原文太が演じる。

ADVERTISEMENT

 一匹狼の渡世人である紋次郎は、他人と極端に距離を置いて生きてきた。その強い人間不信ぶりは、当時の流行語にもなった「あっしには関わりのねえことでござんす」というセリフが象徴的だ。

 本作は、紋次郎がそんな人間になる前日譚である、笹沢左保『赦免花は散った』が原作だ。つまり、紋次郎がいかにして強い人間不信に陥ったか――という物語になるため、とにかく紋次郎が人間の嫌な部分を見、そして自身も酷い裏切りに遭い続けることに。

 これが中島監督の志向に合致、全く潤いの無い世界が繰り広げられていった。

 紋次郎は宿場の貸元を斬った兄弟分・左文治(小池朝雄)の身代わりに捕縛され、三宅島へ流される。母が病身という左文治に同情したのだ。

 前半は、三宅島での過酷な生活が描かれる。ドキュメント志向の強い中島監督は現地でのロケを敢行、火山灰地やそそり立つ岸壁といった雄大かつ荒涼とした風景が、いつ餓死するか分からない貧しい暮らしを生々しく映し出す。

 地獄の暮らしから抜け出すべく、流人たち(山本麟一、伊吹吾郎、渡瀬恒彦、賀川雪絵)は「島抜け」を画策。紋次郎も加わる。雄山の大噴火のどさくさを狙い、一行は舟で脱出に成功した。だが、助け合ってきた面々が互いに疑心暗鬼を募らせ、殺し合いを始めてしまう。ようやく必死の想いで抜け出せたのに――。無念の表情を浮かべて息絶えていく面々を、紋次郎は空しく見つめるしかない。

 そんな紋次郎もまた、命を狙われる。実は左文治が紋次郎を騙して陥れていたのだ。怒った紋次郎は左文治と対峙するが、さらなる裏切りが待ち受けていた――。

 ラストで紋次郎は初めて例の「あっしには――」というセリフを吐いて去っていく。そう言うしかないよな――と納得できるほど、全編を通して人間の厭なエゴばかりが叩きつけられる。原作がそういう話なのだが、炸裂できないまま燻ぶり続けるしかない心情を描くことを好む中島監督と合わさることで、その救いのなさはなお一層強まった。