世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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「あっしには関わりのねえことでござんす」という主人公の台詞は、大抵のひとはどこかで聞いたことがあるだろう。中村敦夫主演でドラマ化された「木枯し紋次郎」シリーズは、ミステリーと時代小説の大家・笹沢左保の代表作が原作だった。
あてのない旅を続ける天涯孤独の渡世人・紋次郎が各地で遭遇する事件を描いたこのシリーズのうち、特に謎解き色が濃いエピソードを選り抜いたのが、末國善己・編の『流れ舟は帰らず』だ。冒頭の「赦免花(しゃめんばな)は散った」はシリーズ第一話で、身代わりで罪を被り三宅島に流された紋次郎の島抜けを描いているが、この時点でミステリー的な興趣がたっぷり盛り込まれているのがわかる。
傑作・秀作揃いの十篇だが、中でも白眉は表題作。凶漢に刺された老商人のいまわの際の願いを聞いて、その息子を探し出すことになった紋次郎は、橋の掛け替え工事をめぐる不正を察知した……。これでもかと言わんばかりの連続どんでん返しの果てに露見する真相は、パズルのピースがすべて綺麗にはまった爽快感と、漆黒の背景に浮かぶ僅かな暖色さながら、暗澹たる結末の中に滲む紋次郎の思いやりとが同時に味わえるようになっている。本格ミステリーとして細部まで考え抜かれた構成と、ハードボイルド的な主人公のキャラクター造型とが融合しているからこその妙味だ。
足抜けした女郎がひとりずつ変死する「笛が流れた雁坂(かりさか)峠」、行き倒れの男から託された娘を紋次郎がその実家に届けようとする「鬼が一匹関わった」など、他の収録作も意外性溢れる名品揃い。このシリーズの他の作品(全部で百篇ほどある)も読みたくなるに違いない。(百)