1973年(97分)/東映/4950円(税込)

 先月お亡くなりになった中島貞夫監督の作品の魅力は「燻り」にある。炸裂し切れずに燻る情念。一見するとギラギラと熱くも、最終的にはその闘いには空しさが去来する。そんな物語を描き続けた。

 そして、中島ワールドを最も体現した役者が渡瀬恒彦だ。怒りや苛立ちを抱えながら、そのエネルギーをぶつける先がない。中島作品で渡瀬はそうした役を演じ続け、また燻ぶった芝居が抜群だった。

 今回取り上げる『鉄砲玉の美学』は、若き日の渡瀬が出ずっぱりの作品だけあって、中島らしさが凝縮されている。

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 渡瀬が演じるのは、大阪の道端で兎の路上販売をして暮らすチンピラ・小池清だ。八百屋の目を盗み野菜を盗んで兎のエサにし、「なあ、兄弟。がんばらなくちゃな」と兎に声かけながらラーメンすする――惨めな毎日を、強い苛立ちとともに過ごす。

 そんな清に転機が。大阪の大組織・天佑会の依頼で「鉄砲玉」として宮崎へ向かうことになったのだ。清が殺されたことを口実に九州へ本格進出するというのが天佑会の目的だったが、真実は清には知らされていない。大金に目がくらみ、有頂天に。

 宮崎に単身で乗り込んだ清は、立派な服装をまとって夜の店を我が物顔で歩き回り、地元組織に挑発を繰り返す。だが、その姿は決して勇壮なものには映っていない。清が「いずれ殺されなければならない人間」と最初から示されていることで、どれだけ肩をいからせようと、その様には絶えず哀れな空しさが背後にこびりついているためだ。

 また、清の素顔が丁寧に描かれている点も大きい。

「ワイは天佑会の小池清や」と『タクシードライバー』(本作が先に作られている)ばりに鏡に向かって何度も練習する。挑発するだけしておいて、ホテルに戻ると自身の末路に恐怖して泣く。兄貴分からの電話を受けた際にはホッとしたような笑顔になる。「頼むさかい……」と泣きながら女を抱く。そして、情婦(杉本美樹)と旅に出た時に見せる、新婚旅行のような無邪気なはしゃぎぶり――。

 とにかく、渡瀬の一挙一動が見せる「素の清」像が実に無垢で、可愛らしくてたまらないのだ。だからこそ、悲劇的終末が確実に迫っている状況が、より切なく際立つ。

 しかも清は、敵対勢力や自分を利用した組織との闘いの中で命を落とさないから驚く。闘って死んでは「燻り」ではなく「爆発」になる。深作欣二作品ならそうなるところだが、中島作品は違う。

 清はやくざの抗争と全く関係ないことで最期を迎える。中島流「燻りの美学」の極みといえるラストだった。