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連載春日太一の木曜邦画劇場

中島貞夫作品の中で渡瀬恒彦が動的燻りなら「静」は荒木一郎だ!――春日太一の木曜邦画劇場

『現代やくざ 血桜三兄弟』

2023/07/25
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1971年(91分)/東映/3080円(税込)
 

 中島貞夫監督は、炸裂し切れずに燻る情念のドラマを描き続けてきた。そして前回述べたように、それを体現した俳優が渡瀬恒彦だった。

 ただ中島作品、特に初期作で「燻り」を表現する上で実はもう一人、重要な演じ手がいる。それが荒木一郎だ。

 渡瀬が中島作品で演じたのは、ギラつきながらもそのぶつけ所のない若者だった。つまり、どこまでも動的な「ホットな燻り」である。

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 それに対して荒木は、役柄も演技も飄々とクール。その燻りは徹底して静的だ。

 今回取り上げる『現代やくざ 血桜三兄弟』は、そんな二人がコンビの役柄を演じ、魅力的な「燻り」を見せる。

 舞台は岐阜。大阪の大組織・誠心会が岐阜に侵攻するための先兵として、鉄砲玉の川島(小池朝雄)が派遣されるところから物語は始まる。

 川島は我物顔で闊歩し、行く先々で挑発的に振る舞うが、誠心会との抗争を恐れる地元やくざ・広道会は手出しができない。広道会の傘下でノミ屋を営む宏(渡瀬恒彦)も、その兄貴分の邦夫(伊吹吾郎)も、苛立ちが募る一方だ。

 荒木が演じるのは、宏が出入りするバーのバーテンダー・信男。ボサボサの前髪に、青白い顔に眼鏡という見た目に加え、いつも気弱な態度のため、「もぐら」と周りからは呼ばれている。ストリップで恋人を想って自慰にふけったり、宏に連れていかれたソープランドでは宏の革ジャンをはおって様にならないシャドウボクシングをしてイキったり、恋人を川島に寝取られたと知ると夜の公園でブランコをこぎながら歌ったり――。その弱々しさは、やくざ映画史上でも屈指と言える。

 イライラの渡瀬とオドオドの荒木。対極的なアプローチながら、どちらも若者たちの冴えない日常が滲み出ていた。思うままに行動する川島を演じる小池朝雄のカッコ良さもあいまって、その惨めさがより浮き彫りにされることに。

 そんな信男が物語を動かしていく。川島を殺すのは、邦夫でも宏でも、邦夫の兄の武(菅原文太)でもなく、信男だったのだ。そのため誠心会に乗り込まれて広道会は屈服。武、邦夫、宏は両組織と戦わざるをえなくなる。

 物語の最後を持っていくのも信男だ。信男も三名の戦いに加わるのだが、敵地に向かう途中の車中で怖くなり立ち小便へ。その間に置き去りにされてしまうのだ。そして、信男が店でパトカーを空しく眺めるところで終わる。

 この時の荒木の、あまりに情けない表情が絶品だった。こんな顔をできる荒木も凄いし、ラストカットに三名の壮絶な死ではなく荒木のこの顔を持ってくる中島も凄い。

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