五社英雄監督のキャリアは大まかに二分できる。
前期はフジテレビに所属していた一九七〇年代までで、後期はフリーになった八〇年代以降。前期は主に時代劇を中心に刺激的なアクション表現を追求し、後期はアウトローの世界に生きる女性たちの情念を掘り下げていった。
今回取り上げる『十手舞』は八六年の製作なので後期だが、この時期では珍しく前期的な凝ったアクションも盛り込もうとしている。そういう意味では前後期双方の要素を合わせた集大成――といえなくもない。実際、五社自身が原作も書いており、かなり力を入れていたといえる。
町奉行の孫兵衛(渡瀬恒彦)は斬罪される悪党たちから声を奪って秘密裏に生かし、「影十手」という直属の殺し屋として使っていた。影十手の一人・弥助(川谷拓三)は米相場を操る黒幕・牙の伝蔵(地井武男)を急襲するも、伝蔵の情婦・お蝶(石原真理子)に邪魔をされて取り逃がしてしまう。この時、弥助は気づく。お蝶は幼い時に生き別れになった娘だったと。
やがてお蝶は捕縛され、彼女を守ろうとして弥助は命を落とした。お蝶は父の跡を継いで影十手になる――。
この設定だけでもワクワクするし、脇のキャラクターたちも良い。悪党を仕留めるためなら影十手たちの命など何とも思わない孫兵衛を演じる渡瀬の冷酷な恐ろしさ。ライバルのおれんを演じる夏木マリのモンスター的な迫力。伊吹聰太朗、佐藤京一、福本清三という剣豪俳優たちの演じる刺客三人組の殺気も鮮烈だ。
撮影=森田富士郎、照明=中岡源権、美術=西岡善信、音楽=佐藤勝と、幾多の名作時代劇を彩ってきた名スタッフたちもそれぞれに手抜かりない仕事をしており、映像のディテールも完璧だ。
これだけ揃えば最高に盛り上がる時代劇となりそうなものだ。が、結果として本作は珍妙な印象ばかりを残す作品になってしまっている。
新体操のリボンを使った石原の殺陣。テレビドラマでCM前後に入るアイキャッチを意識して、唐突に何度も挿入される夏木や石原のダンス。ブルース・リーのモノマネをしながら刀を振り回す竹中直人。五社が新しい刺激を求めて盛り込んだアイデアが、ことごとく足を引っ張ったのだ。
撮影中に石原が私生活で大けがを負ったために主人公の出演場面を大幅に削らざるをえなくなり、物語のバランスがおかしくなったのも痛い。
いろいろと惜しい作品ではある。それでも、巨匠の立場になってもなお、あえて若手時代の志を取り戻そうとした五社の想いを少しでも感じ取っていただけたらと思う。